第3話 元勇者の息子であるイカリはもう一つのホーンを所望している

 魔王様が右側のホーンをユウキに受け渡してから六年。最初はきちんと一日一食もらえていたご飯も、予測通り、だーんだん滞るようになってきた。


 ゆえに空腹だ。


 ぎゅぉぉぉぉぉぉ。ぐるるるるるる。


 今日も魔王様のお腹が豪快に鳴り、おれの腹もそれに倣った。


 魔王様は、右側のホーンを失ってから、偏頭痛を訴えることが多くなった。そのため、あれほど艶やかだった長い黒髪に銀色が混ざるようになり、美しいお顔もやつれ、ひどい有様だ。こうなったら脱獄するしかないのか、そんな話を持ちかけてみれど、お優しい魔王様は、そんなことをしたら、みなに迷惑がかかるではないか、とお優しく微笑むのだった。


 城外では物資が滞り、仲間内で殺し合いをしているとのもっぱらの噂だ。嘘でもそんな状況を魔王様に見せるわけにはいかない。だって、苦労して自ら畑を耕してきたんだぜ?


 けど。なんでもユウキの双子の弟の方がかなりのわがまま坊主らしくて、欲しいものはどんな手を使っても手に入れるとか。それで、贅沢品の数々はその息子のイカリの手に渡っているらしい。あ、ちなみに漢字にすると『錨』と書くらしい。暇だから雑学を勉強してしまった。この城、本だけならいくらでも貸してくれるからな。


 あーあ。せっかく魔王様が平和な魔界を築いてきたってゆーのに、ぜーんぶムダにしやがって。


 カツンカツンと、聞き覚えのない音が牢に響く。見上げれば、そこそこの美少年が、憎たらしい微笑みをたたえて踏ん反り返っている。この憎らしい顔相、間違いない。ユウキの息子だなっ!!


「おいっ!! 貴様のせいで、魔王様はホーンを一つ失った。一日一回は食事をくれる約束まで破りやがって、ふてぇ野郎だっ!!」

「ふんっ。ホーンを煎じて飲んだのは兄様の方だ。おかげで兄様は予想以上に元気になって。その上超能力まで手に入れたんだぞっ。」


 はあっ!? 超能力ってのは、なんだ? なんだかよくわからんが、こいつがイカリの方か。確かに、噂通りのわがままで、結構陰湿な性格なんだってことはわかった。


 それは、魔王が一番嫌いなタイプだ。


「兄様は元々病気がちで、いっつも母上の愛情を独り占めしていたあげくに超能力。そんなのズルいだろう!? だって、本来ならぼくに王位継承権があるはずだったのに」

「……話の腰を折るのは好きではないのだが、その超能力というのはどういったものなのだろうか?」


 おおっ、魔王様自ら興味を持つなんて。ああ、でも、ヘタに人間に余分な力を与えたとあっては、魔王失格、とかって落ち込んじまうんじゃないだろうか?


〔おれの妄想スタート〕

『デルタ。我は、我のせいで人間に余分な力を与えてしまったっ。どうすればいいのだ、デルタ。どうか、どうか我を慰めてはくれまいか』


 よよと泣きうなだれる魔王様をおれのこの腕で今度こそ、今度こそ、抱きしめてやりたいっ!!!

〔おれの妄想終了〕


 おっと。うっかりまた鼻血が出るところだった。断じてそんな場面ではないのだがな。


「兄様は、お前のホーンを煎じて飲んでから、数秒先の未来を予測できるようになったのだ。もちろん、その代償として、寿命が縮むらしいがな」


 こわっ。人間魔族より怖いから。


「その程度の能力か」


 魔王様はイカリの無礼にも負けずに踏ん反り返った。あれ? 魔王様の銀色の髪が黒く輝いてきた?


「その程度だとぉっ!? 人間にそんな力はいらない。兄様はいつまでも弱々しく病弱なままでよかったんだ。超能力なんて、魔族のものじゃないか。人間が魔法を使えるなんて、そんなのおかしいっ」


 鼻白む坊主は、自分の発言に矛盾があることには気がつかない。


「では、そなたの母上はなんとする? 普通の人間にヒールの力があると思うか? また、父上はなんとする。普通の人間が魔界の魔剣を使いこなすことができると言うのか?」


 はっと気がついた坊主は、それは、それで別にいい!! とツンツンした声で答える。だあーが、さっきよりも迫力が低下しているのは否めない。


「とにかく。このまま兄様だけが特別な力を持ちつづければ、ぼくの立場が危うくなる。なぁ? 後生だからぼくにもう片方のホーンをよこせっ!!」


 はあっ!? 一体全体、どういう教育をしたらこんなわがまま息子ができるんだ!?


 教育どうこうじゃあねぇな。こいつはつづくしかねぇ。


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