第2話 元勇者ユウキは魔王様のホーンを所望している

 城を明け渡してからはや十年。その憎ったらしいツラは少しばかり老けたようだが、おれの目はごまかせないぞっ。おれはともかく、魔王様をこんな目にあわせた所業、断じて許さんっ。


 ユウキは現在、この城の王になっている。その妻は一緒に冒険者として戦ってきたヒーラーのユカリで、二人の間には双子の息子がいると聞いた。


 そのユウキが、ばさりとわざとらしくマントをひるがえして、牢に近づいてきた。おのれぇ、そのマントはおれが魔王様にプレゼントさせていただいたものなんだぞぉっ!!


「けっ、元勇者様がこんな場所まで、一体なんの用だよっ!?」


 おれが唾も飛ばさんばかりに言い放つと、よりにもよって、魔王様にたしなめられてしまった。


「よすんだ、デルタ。このお方は今や、魔界を統べる王様なのだぞ?」

「ですけど魔王様!! こいつらのせいでおれたち、ひもじい思いをしてるんじゃないですかっ!!」

「さがれ、外道が」


 ユウキに言われて、正直にこうべを垂れる魔王様を見ていたら、それに従わないわけにはいかないじゃないか。


「ちぃっ。魔王様にこんな格好までさせやがって」


 おれだってまだ、妄想の中でさえ、魔王様を屈服させていないってゆうのにっ。


〔おれの妄想スタート〕

『デルタ。そなたにならば、許す。我をなんなりと好きにしてくれたまえ』


 あーっ!! 魔王様、そんなとろんとした顔でおれを見ないでくださいっ。妄想だ。これは単なる妄想だっ。

〔おれの妄想終了〕


 なーんておバカなことを考えている間に、ユウキが牢の前で立ち止まっていた。


 そこに並ぶのは、かつて魔王様に従っていた魔族達だった。みーんな、魔王様にお優しくされていたってぇーのに、手のひら返しかよっ。冷てぇーのなっ。


「実は、上の息子が原因不明の高熱がつづいていてな。この世界の薬師に聞いたら、それなら魔族のホーンを煎じて飲ませれば治ると言った」

「ちょっと待てぃ!! まさか、そんなくだらない迷信を信じたわけじゃないよな!?」


 おれの言葉に、ユウキはまた、顔を醜く歪めて笑って見せる。


「どうせなら、元魔王のホーンを飲ませてやろうと思ってな」


 やっぱりかよ。でも、魔王様のホーンは人間が触れたら即死なんだぞっ。それをどうやってもぎ取ろうってんだいっ、なんて考えていたら、魔王様がおもむろに右側のホーンに触れて、ご自分で根元から折っちまった。ギャーッ!! なんてことをっ!?


「これで、よろしいか?」


 そんなっ。魔王様、魔族なのにお人が良すぎますぅ!! 人間なんかのために、自らホーンを折るだなんて。


「ふはっ。まさか自らホーンを折ってくれるとはな。よかろう。これからは一日一食は食事を与えるようにしようではないか。またどこかでホーンが必要になるかもしれないからな。あっはははははっ」


 ホーンの代わりに食事を一日一食だってぇ!? そんなのひでぇよ。


 だけど、見知った顔の下っぱ魔族がおれと目を合わさないように牢から魔王様のホーンを受け取ってしまった。


 交渉成立、か。


 ユウキさぁ、あんたもしかして、闇落ちしてねぇ?


 つづくんならやってやろうじゃねぇのさ

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