第1話 空腹の魔王様

 ぐぅぅぅぅぅぅ、と魔王様の腹が高貴な音を立てて空腹を知らせる。そこにおれの腹の音が並走する。おれたちは、どこまでも一緒なんだぜぃ。


「デルタよ。我が死した後には、そなたは自由になってくれたまえよ」

「魔王様、そんな弱気なことをおっしゃらないでください。よかったらおれの肉を食ってください。ほら」


 長い牢生活に辟易した魔族の部下たちは、次々と人間に頭を下げて、ここから出してもらっていた。奴らが現在、どんな状況にあるのかは想像できないが、残ったのはおれと魔王様たったの二人。そして、与えられる食事も一日置きから三日に減らされ、こうして孤高の魔王様は腹を鳴らしているというわけだ。


「冗談でもそういうのは嬉しくないぞ、デルタ。おれは地下牢に落ちても、仲間を食うことはしない。絶対に、だ」


 そういうところよ。なんとなんと、気高く高尚なお方なんだ。おれは魔王様の背中を拝んだね。この気持ちはただの崇拝じゃあないっ。言っておくが、魔王様はおれの妄想の中ではもう、あれやこれやすんげぇことになってるんだぜっ。


「もし、衛兵さん。よければデルタだけにでもエサを与えてはくれまいか?」

「魔王様、衛兵相手にそんな卑屈にならないでくださいよ。しかもエサだなんて。嫌だなぁ」


 衛兵とは言うものの、ただの魔族の下っぱだ。それが魔王様より上の立場にいるとなっては、ただニヤニヤと笑うばかり。しかたない。おれは懐からわりかし綺麗な布を取り出した。


「魔王様、空腹をごまかすために、ホーンを美しく磨き上げて差し上げましょう」


 そう、ホーンだ。魔王様には、麗しい二本のホーンが生えている。今は魔力を封じられているが、並みの人間がこのホーンに触れたら、ひとたまりもないときている。それなのに魔王様は、冒険者たちとの無益な戦いを避けるため、自らこの地下牢にお入りになられたのだった。


「すまんな、デルタ。この借りは、もし返せる時がやってきたならば、一番に返そう」

「魔王様、なんて、なんて嬉しいお言葉をっ」


 パンパンパンと乾いた音が近づいてきた。それが元勇者、ユウキが手を鳴らしている音だと知った時には、おれの怒りは頂点に達しているのだった。


 つづいちゃったらやっちまうかもな

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