第3話

 ■■■


「成程」


 私の話を微動だにせず聞いていた彼女は、しばらく考え込んだ後そう呟いた。


「驚いたな。会話が出来るとはね。しかし、何をしてるとは笑わせる」


「……随分、楽しそうですね。人が亡くなっているのに」


 不謹慎にもほどがある。


 仮に同業者同士であったとしてもそんな顔をすべきではない。何の前触れもなく大切な人を永遠に奪われた人がいるのだ。


 遺族のことを考えたら犯人に対して憤ることはあっても喜ぶようなことはあってはならないはずだ。


「そう怒らないでくれ。班長殿から聞いていると思うが、私だって奴を捕まえるためにあなたの話を聞きに来たんだ。目的は同じだろう?」


「そうは見えないから言っているんです」


「どういう意味だ?」


「……」


 私の視線に彼女は、分かったよ、と肩を竦めた。


「何を吹き込まれたか知らないが、あなたに貴重な話を聞かせてもらったのは事実だ。その分くらいは質問に答えよう。あなたが納得出来るかどうかはまた別の話だがね」


「……本件の犯人はキメラなんですか」


 彼女は少し驚いたように目を丸くして、にやりと口元を歪めた。


「ああ。十中八九そうだろうな。……随分素直に話すと思ったら。あいつめ、可愛い部下にそんな話をしたのか」


「私が聞いたのはそこまでです。あなたが同種事件のプロだと」


「他にやっている人間がいない、というだけだ」


「それで、犯人に目星は付いているんですか?」


「目星と言えるほどのものはまだないな。ただ襲われる被害者の特徴はある程度絞れている」


「え?そ、そんなはずは」


 捜査本部が調べ上げた被害者に共通点はひとつもない。まさに通り魔と言っていい無差別な犯行だとプロファイリングされていたはずだ。


 それに、いくら彼女がこの道のプロだといっても私達だってプロなのだ。


 そう簡単に差が付いてしまっては寝る間を惜しんで捜査本部に詰めていた捜査員の立つ瀬がない。


「被害者達に共通点なんて」


「あるさ。あなた達の調べではどうなってる?」


「えっと、」


 ざっと頭の中に叩き込んだ資料の内容を呼び起こす。


「彼らが襲われたのは決まって夜から深夜にかけてです。人通りの少ない場所を歩行中に被害に遭ってます。その為仕事帰りの帰宅途中が多いですが、中には友人宅に泊まりに行く途中の学生もいました」


 でも、だからといって何なんだろう。


 共通点は犯行時間と場所くらいなものだ。年齢も性別も職業も背格好も、どれひとつ関連性なんて見えなかった。


「そうだな。その分析に間違いはないよ。通常の事件であればおそらく私もそう言うだろう。だがね、奴らの行動を通常の事件と同じように考えていては捕まえることなぞ一生出来んよ」


「……あなたの見解を、聞かせてください」


「いいだろう。奴の目的は殺すことではない。目的を達成する過程で被害者が死んだだけだ」


「目的って……でも被害者の所持品は」


 普通の事件と同じように考えてはいけない。


 彼女の言葉を思い出し、はたと思考が止まる。


 被疑者の目的は殺すことではない。


 しかし、金品には一切手を付けられていなかった。


 被害者が狙われた理由。


 それ以外の、目的……?


「どうだ、答えは導き出せたか?」


「……いえ」


「奴の目的は酷く動物的なものだよ。普通ならそんなことの為に人を殺すことなんてしない」


「動物的……まさか」


 ふと思い至った答えに自然と首を振る。


 あった。


 被害者から無くなっていたもの。


 被害者が目的地に向かう途中、どこに寄っていたのか。


 それを証明するその物が。


「食料を、奪うためですか」


 彼女はこれ以上ないほど口の端を吊り上げて、そうだ、と答えた。


「奴の目的は食い物。被害者がその手に持っていた食料品だよ」


 ■■■


 被害者達は帰宅途中、あるいは友人宅へ訪問途中だった。


 夕食には遅い時間だが、今の時代そんな人間大勢いる。


 私だってその一人だ。


 もしあの時買うものがあると言われていれば私は買って帰っていただろう。


 この手に食料が入った手提げを持って。


「じゃあ、私が彼らと同じように食料を持っていたら」


「六人目はあなただったろうな」


 今更背筋にぞわりと悪寒が走る。


「目撃者がどうの、奴には関係ないんだよ。当面の食料が手に入ればいいんだからな。だからあなたは死ななかった」


 馬鹿馬鹿しいと一蹴してしまいたくなるが、現に自分がここにいることで彼女の説を立証してしまっている。


「……キメラってなんなんですか」


「あなたもコンバートは知っているだろう」


 コンバート。


 コンバートはその名の通り、自分の体の部位を動物のものと置換、増設することを可能にした最先端の遺伝子技術だ。


 コンバート技術が発表された時、神への冒涜だ、倫理に反すると問題視され連日メディアを賑わせていたのは記憶に新しい。


 ただ、慣れとはどんなものにも訪れる。


 最初こそ騒がれていたコンバートも今じゃタトゥーや整形と同じくらい少しの勇気と金がいるファッションくらいのものだろう。


 嫌悪感を示す人は一定数いるものの、自己責任の名の下自分のなりたい姿になろうとする人間がいるのも事実だ。


「でもコンバートが原因で問題が起きたなんて聞いたことがないですよ」


「表向きはな。私がキメラと呼んでいる連中は、コンバートに適合しすぎてしまった人間のことだよ。奴らには人間の理屈は通用しない。まさに獣だ。食い物を奪う為に人を踏み潰すなぞ、正にいい例だろう?」


「表向きというのは、どういうことです?」


「そのままだ。今しがた自分で言ってただろう。コンバートで問題が起きたなんて聞いたことがないと」


「報道規制、ということですか」


「そんな生易しいもんじゃない。ことごとくが消されてしまうんだよ。被害者も被疑者も。あなただって四番街のことは知っているだろう」


「─────」


 強い意思を秘めた彼女の目が鋭く細められる。


「そうなる前に奴らを捕まえる。それが己に課した私の使命だ」

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