第9話
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すっかり日が傾き、西の空が赤く染まる夕暮れ時。
そろそろ帰るわ、という初仮を送って買い物客で賑わうタイヨウ商店街を連れ立って歩く。
「随分嬉しそうだなお前」
「そりゃあそうだろ」
ニヤニヤと隠しもせず笑っている初仮が、大事そうに抱えた手提げを持ち上げる。
「俺女の子から手紙もらったの初めてだもん。すげー嬉しい。しかも二通」
「まぁ、喜んでもらえたなら良かったよ」
「おう。一生もんだよ。まさか憂稀ちゃんからももらえるとは思ってなかったわ。俺の顔なんか分からないのに似顔絵なんて描いてくれて」
「それだけ嬉しかったみたいよ。お前が自分にもお土産くれたのが」
「へへ。そっかぁ」
にやけっぱなしの顔で頷く初仮。
俺としても憂稀があんなことをするとは思っていなかったわけで。
「姐さんにもよろしく伝えてくれよ」
「伝えとく」
「おう。ああ、そういやさお前んとこ犬なんかいたのな。ちょっと意外だったわ」
「違う。狼男の時に道案内頼んだんだけど、なんか懐いてついて来ちゃったの。柚須さんに話したら面白そうだから置いとけって」
「え、道案内って、お前動物と話せんの?」
「話せるわけないでしょ。大体考えても見てよ、動物が俺に寄ってくるわけないだろ」
「あ。そうかお前動物駄目なんだっけか。……じゃあ」
「そういうこと。あれは人間だよ。元人間」
自ら望んでそうなったのか、他人の希望により変わり果てたのか知る由もないが、確かなことはあの犬は人間がフルコンバートした姿ということだ。
基本的にフルコンバートした対象からは人並みの知力が消失し、コンバートした動物相応になるはずなのだが、あの犬はどうも言語を解する能力が残っていたらしい。
「お前が最近増えたって言ってた野犬もそうだったみたいよ。柚須さんから聞いた」
「……その人達はどうなった?」
「回収したよ」
「回収って」
「俺が行ったときには狼男と一緒に殺されてたからな。うちが回収して家に返した」
「……そうか」
「全部拒否されたらしいけど」
「え」
「元々厄介払いのつもりでフルコンバートしたってことさ。いなくなって清々してたところに、あなたの身内ですって死体持ってこられても喜んで受け取る人なんていないんだよ」
それどころか迷惑そうな顔をする人が大半で、そんな犬は知らないと確認すら拒否する人もいたらしい。
フルコンバートした人間は生粋の同種動物と区別する為に、人間としての生態情報が書き込まれたチップが体に埋め込まれているにも関わらず、だ。
柚須さん曰く人間から動物へのフルコンバートは本人からではなく、身内からの依頼が多いという。
どんなに手を焼く問題児も、毛玉になれば可愛く見えるのだろう、とかなんとか。
その結果キメラの巻き添えになって死んだと思ったら無縁仏とはなんとも皮肉な話である。
「……なんだかな」
顔を曇らせた初仮が溜息をつく。
お前がそんな顔をする必要は無い、と言ったところでどうせ無駄だろう。
「なんか、救いがねぇな」
「そんなもん誰にもないでしょ。コンバートなんてもんに手を出した瞬間からもう手詰まりなんだよ。そいつもその周りも」
「そういう言い方すんなって。良くないぞ」
「なんでさ。どう言ったって事実は変わらないだろ」
「そうじゃなくて。そういう言い方をしたらお前自身も
近しいから嫌悪感があるっていうのに。
大体、嫌っているのは俺じゃなく向こうの方だ。
「おーい尚吾ー!」
「ん?」
呼ぶ声が聞こえて、渋い顔をしていた初仮が辺りを見回すとひらひらと手を振りながら数人の若者がこちらに歩いてきていた。
「おー、お前ら」
愛想良く笑う初仮を囲んで拳を合わせて軽く挨拶を交わす。
「偶然じゃん。尚吾何してんの?」
「遊んでた。お前らこそ何してんだよ。遊んでたの?」
「そー、やっぱ大事じゃん?リフレッシュ」
「お前いつもしっぱなしだろうよ」
きゃらきゃらと笑う若者の一人が俺に視線を投げる。
「この子誰?弟?」
「あー、いや」
「初めまして。俺、初仮先輩に高校でお世話になった妹尾っていいます」
小さく頭を下げると、ああ、と納得したように声を上げる。
「そうなんだ。よろしくー」
「尚吾相変わらず下に懐かれやすいなぁ」
「はは、そうだな」
「じゃあ俺ら行くわ。尚吾また学校でなぁ」
「後輩くんもばいばーい」
「どうも」
「じゃあな」
取り繕った笑顔で若者達に手を振った初仮がなんとも複雑な表情をする。
「まぁ、クラスメイトだったって言ったってそうは見えないよな」
「そりゃあ無理があんだろ。お前みたいに俺は成長しないんだから」
学校にいた当時大して変わらなかった身長は既に頭一個分離れている。体格も当時より
変わらないのは、俺の方だ。
俺の体は生まれたときよりこの容姿から微塵も変わっていない。
「なんかな、俺とお前が全然違うっての分かっちゃいるけどさ」
柄にもなくしみじみと呟く。
「不老不死ってそういう意味じゃ、つらいよなぁ」
「まぁ、信じろって方が無理あるしね」
そう。
俺は柚須さんが熱心に収集しているキメラとは少々毛色が違っている。
世間で言うコンバートやらキメラやらは基本的に後天的なものの総称である。
現代の技術では先天的に別の生物を組み込むのは人間以外の動物のみでしか実現していない。
ましてや人間の永遠のテーマである不老不死なんてもってのほかだ。
それを体現してしまっている俺が言っても説得力がまるで無いが、そこは単純に俺がこの時代に造られたモノではないだけである。
「普通に喋ってるだけじゃ想像なんてできねぇよ。お前が滅亡した前世界で造られた兵器だなんて」
今目の前に広がる世界は、かつて崩壊した後に再構築された世界だ。現代をも上回るテクノロジーを持った文明はある日突然崩壊した。
そしてそれを知っている人間はどこにもいない。
全て世界の崩壊と共に死んでしまった。
「俺はただの死に損ないだよ。不老不死って結局そういうことだろ」
食事もいらない。
老いもしない。
死ぬこともできず、ただ生き延びているだけ。
そんな俺は久凪や憂稀のにとって姿を完全に捉えることができる初めての人間だった。
「でもそう悪いことばかりじゃないよ」
「え?」
「柚須さん荒事専門だけど、この体のおかげで基本的に致命傷はないし。それに」
ちらりと横目で初仮を見上げる。
「今の生活も比較的満足してんだよ、俺は」
また友人だと思える奴ができるとは思わなかった。
時と場合によるが長生きも悪くないもんだ。
「おい、説明になってないぞ」
「なってるなってる」
不満げな初仮をあしらいながら間近に迫った駅に歩いていく。
「じゃあまた」
「なんかあったらすぐ言えよ妹尾」
「はいはい」
その内見送ることになるのだろう背中にひらひらと振っていた手を下げ、
「さて」
帰ろう。
帰る場所も、待っている人間もいる。
あの頃とは随分様子が変わったが、変わらないものもあるらしい。
せっかくの人生だ。
楽しんでも罰は当たらないだろう。
なんてね。
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