第8話
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気怠い日射しが降り注ぐ昼下がり、家の敷地の前で立って遠くの往来を眺めていると、一人ガタイのいい男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「うす。お待たせ」
「悪いな、休みの日に」
「なんのなんの。どうせ暇だしな。他でもないお前の呼び出しならいくらでも
からからと笑いながらバシンと肩を叩く初仮。普通に痛い。
「しかし何度来てもお前んち威圧感がすごいよなぁ。俺、何度か来てるけど毎度ちょっと緊張しちゃうもん」
中央圏郊外に
周囲を高い塀に囲まれた広大な敷地の中に鎮座しているこの円柱が俺の家だ。
「お前最初に来たときどん引きしてたもんな」
「そりゃそうだよ。入ったら出られないとかヤバい実験してるとかそんな噂ばっかりなんだぞここ。モンスターマンションって呼ばれてるし。それでお前、俺んち遊びに来いよ、って言われてついて行ったら辿り着いたのが噂の根源とか、なんの冗談かと思うだろ」
「まぁ、あながち間違ってないしね」
そもそもマンションなんて立派なものではなく実際はただのコレクション保管庫だったりするんだけど。
「あ、こんちはー」
「……どうも」
唯一の出入り口である詰め所の前を通りながら初仮が警備員に挨拶をすると、ぼそぼそと返事を返した警備員が帽子を少し持ち上げて会釈をした。
「あの人とだいぶ仲良くなれた気がするな、俺」
「はぁ?」
「だって最初全然挨拶返してくれなかったもんよ。今日はしてくれたじゃんか」
「はぁ」
こいつのこういうよく分からないポジティブ精神は素直に感心してしまう。
「もう一人の人はもっと仲良しだけどな」
「ああ、タカさんね」
「タカさんっての?あのおじさん」
「そう。昔世話になった人」
「へー。だからあの人お前のことよく知ってんだ。俺ともよく話してくれるし」
「そうなんだ」
「うん。なんならもう顔パス出来るレベルよ、俺」
まぁ、あの人ならやりかねないな、とか。
大丈夫なのかここのセキュリティー。
どちらかというと無事じゃ済まないのは侵入者の方なので、そういう意味では問題ないんだろうけど。
攻撃は最大の防御の
エントランスを抜けてエレベーターに乗り込むと音もなく箱が上昇を始める。
「あ、そういやお前に手ぶらで来いって言われたから俺本当に何も持ってきてないけどいいのか?」
「いいのいいの。今日はお前ただの客だから」
「そう?じゃお言葉に甘えて」
「ああ。どうせ柚須さんもいないしな」
「あ、そうなの?」
「そ。あの人今狼男に夢中だから」
「へ?」
間の抜けた声を上げて口をポカンと開ける。
相変わらずリアクションが分かりやすいな、こいつ。
「狼男って、あれだろ?先週くらいに終わったって言ってた事件のやつ。……もう一人出たとかやめろよお前。笑えないぞ」
「そんなの俺だってごめんだ。違うよ。一応死体は回収出来たからサンプリングに忙しいんでしょ」
お世辞にも状態が良いとは言えないが、最近の中では比較的まともな形で確保することが出来た狼男はめでたく柚須さんのコレクションに加わった。
今頃は、文字通り余すところなく隅から隅まで観察、記録されていることだろう。
「そうかぁ」
複雑な顔で頷く初仮に、そうだよ、と適当に相づちを打つ。
「どのみち狼男はあの日に死ぬしかなかったんだから、まぁ、うちとしてはいい結果よりだと思うけどね」
「そんなもんか」
「そんなもんだよ」
柚須さんじゃないが、実際死んでしまったら出来ることなんかそうない。新しいことが起きるわけでもなくただ朽ちていくだけの存在だ。
「いい結果って、お前平気だったわけ?結論で言ったら失敗したわけだろ、捕獲」
「……そういうのは思ってても聞かないの」
正直思い出したくもないから黙ってたのに。
「だってお前平然としてるからさ、見た目じゃ分からないし。姐御いつも本気だし、次は気を付けましょうなんてキャラじゃないだろ」
「そこまで分かってて聞くかね」
「……一発?」
「まさか。三発」
「うわぁ……」
一本の指を立てた初仮に対して三本の指を立てた俺にご愁傷様、と両手を合わせて俺を拝む初仮。割と本当にシャレになってないからやめてほしい。
「容赦ねぇなぁホント」
「むしろ容赦した方だと思うけどね、今回は」
「うへー。俺理解したくない」
程なくポーンという音が鳴り、ドアが開く。
ドアが一枚あるだけのホールに降りてドアを開けるとパタパタと慌ただしく久凪が駆けてきた。
「お帰りなさいですー!初仮さんお久し振りです!」
「はい、ただいま」
「おっ久凪ちゃん久し振り。お邪魔するねー」
「はい!どうぞどうぞ!」
「……」
なんだか随分テンションが高いな。
「初仮さんおなかは空いてますか?」
「もうぺこぺこ」
途端に久凪がパァッと顔を輝かせる。
「じゃあ一緒に食べましょう!くーちゃんご飯準備したですよ!」
「おー!そりゃ楽しみだなぁ!」
「さ、こっちです!」
早く早くと初仮の手を引いてリビングに入っていく久凪。
「セノさんも!早く早く!」
「はいはい」
まぁ、こういうのもたまには悪くないな、なんて気まぐれを起こしながら二人の後ろ姿に苦笑した。
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