第4話

 ■■■


「狼男?」


 俺が柚須さんからその話を聞いたのは、自室で時間を持て余していた時だった。


 呼び出されることはあっても柚須さん自ら俺の部屋に来るなんてことは滅多にないだけに思わず身構えていたら、開口一番そんな単語が飛び出してきた。


「ああ。おそらくまだ日が浅い生まれたてだ。目を付けられる前に捕獲したい」


 うへぇ、といううめき声を飲み込んで曖昧あいまいに頷く。


「ふうん。それで?」


「お前、ちょっと行って取って来い。なんなら腕の一本くらいくれてやれ」


 なに爽やかな笑顔でさらっと物騒なこと言ってんだ。


 本気、なんだろうなぁこの人。


「当面の間、夜間の外出を許可する。奴の食事は満月の深夜のようだが相手がお前なら関係ないだろう。有益であれば門限破りも大目に見る。今は少しでも多く情報が欲しい」


「ちょっと」


「なんだ」


「俺まだやるって言ってないけど」


「断れるのか?私の命令を、お前が」


 うーん。いつにも増して機嫌悪い。


 ほんの些細ささいな軽口で首が飛びそうだ。


「分かった。やるよ」


 どうせ拒否権はないんだし。


「よし。現時点での資料だ、一通り目を通しておけ」


 渡された薄い紙の束を受け取ってパラパラとめくる。


 事件があったのは昨日の深夜。帰宅中の女性が道端で襲われたらしい。


 資料に添付された写真はわずかに二枚。


 盛大に腹部を散らかされ守るものがなくなった肋骨ろっこつが覗く被害者の写真と、硬そうな被毛に覆われた背中を晒す随分ガタイのいい生き物の写真。


「どうだ」


「どうって言われても。……まぁ、おおよそ人間の姿じゃないね」


 俯いているのか盛り上がった上半身に隠れて顔は見えないが、腰の付け根辺りから生えている太い尾は確かに狼のそれに似ている。


「で、これどこの誰かってのはもう分かってるの?」


「まだだ。今部下に調べさせてる。見た目からしてフルコンバートに近いからな。そう時間はかかるまい」


「ふうん」


「なんだ」


「や、随分と焦ってるなと思って」


 いつもならある程度調査が終わった段階で俺に話を持ってくるのに、今回はやけに早く話を持ってきている。


「まだなりたてならそんなに焦ることないんじゃないの」


「焦りもするさ。私はね、何度も喧嘩を売られて大人しくしていられるほど人間出来ていないんだよ」


 ああ、そういうことか。


「平和維持局ね」


「ああ。奴らに見つかる前に生け捕りにしろ」


 どうやら商売敵の存在が完全に火を付けたらしい。


 平和維持局。


 読んで字の如くこの街の平和を維持するためだけに存在している彼らは、あらゆる手段でこの街の平和維持に尽力している。


 そう。あらゆる手段で、だ。


 彼らは平和をおびやかすものの一切を許容しない。


 その対象は多岐に渡り、個人であろうが団体であろうが平和を脅かす存在だと思えば跡形もなく一掃する徹底ぶり。


 事前予告の類は一切なし。実行手段も人数も不明。


 加えて活動中の姿を見た者は未だいないというこの街の暗部だが、彼らのお陰でこの街は世界で一番安全、なんていう肩書きを欲しいがままにしているのも事実だ。


 大変結構なことだとは思うが、大きな問題がひとつ。


 柚須さんの収集しているキメラは大概この「平和を脅かす存在」に分類されるということだ。


 それはもう完璧に。


 一部を除き、自己の欲望そのままに人を殺して回る、なんて分かりやすい害悪の塊でしかないキメラは平和維持局の格好の餌食になっている。


「でもさ、そんなに毛嫌いしなくてもいいのに。あんただって似たようなもんに所属してんだから、なんなら平和維持局と手を組んだ方が早いと思うけどね、俺は」


「馬鹿者。あんな外道共と一緒にするな」


 途端に柚須さんの目つきが一層鋭くなる。


「そんなこと言って、先越されても残骸ざんがいはちゃっかり回収してるくせに」


「あれはせめてもの記録用だ。いいか、お前らのような存在はな、居た、という事実だけではなんの意味も無いんだよ。絶滅した動物の剥製はくせいなんぞに意味が無いのと同じだ。今この瞬間に生きて、居る。だからこそ価値があるんだ」


 不快そうに顔を歪めていつになく言葉に力がこもる。


 「だというのにあいつらがやっているのは平和の大義名分を振りかざした根絶だ。ただの虐殺だよ。くそ、奴ら私が目を付けていたキメラをことごとく殺しおって。許せん。いつか必ずそれ相応の報いを受けさせてやる」


「うわぁ」


 完全に目の色が変わっちゃってるよ。


 ちょっと後悔し始めても時既に遅し。俺が見事に地雷を踏み抜いた柚須さんは既にエンジン全開で仁王立ちしている。


「お前、どういうつもりでその名前を私に振ったのか知らないが、そんなに鉛玉が欲しいならそう言え。回りくどいのは好かん」


 ギロリと睨む柚須さんに肩を竦める。


「冗談だって」


 わりと本当に怖い。


 何が怖いってこの人がいつだって本気なのが怖い。


 そこら辺は身を持って知っているので、自然と筋肉がこわばる。


「随分と笑えない冗談だな」


「……すいませんでした」


 まぁいい、と息をついて柚須さんの殺気が和らぐ。


「だいたい考えてもみろ、もしただ殺すだけでいいならそれこそお前に「待て」をする理由はないんだ。違うか?」


「それは、まぁ」


「これは奴らとの競争なんだ。これ以上サンプルを平和維持局に殺らせるな。どれだけお前にやる気が無かろうとな」


「分かったよ」


 狼男なんてものに興味はないがそうも言ってられない。


 飼われているのは俺も同じなのだ。

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