昭和親父と兄弟げんか
私がまだ少年の頃、わが家はおもちゃの少ない家だった。
貧乏なのか教育方針なのかはわからないがとにかく買ってもらった記憶は少ない。
そんなあるとき、近所のお兄さんが私たち兄弟に理由は覚えていないがおもちゃを譲ってくれた。
光の巨人の兄弟たちを。
そう、ウルト○マンだ。
私たち兄弟はとても喜んだ。
悪い怪獣をわずかな時間で颯爽と倒し、去ってゆく。
何よりも私のお気に入りは
ウルト○マンタ○ウだ。
末っ子特有の、あの存在感。
長男である私には決してなることができない故の憧れ。
しかし、同時に弟もタロ○に魅せられていた。
起こるべくして起こる衝突。
奪い合い、罵り合い、掴み合う。
お互いを怪獣に見立て、正義と平和を掴み取る為、あらんばかりの拳を浴びせ合う。
しかし私たち兄弟は、大事なことを忘れていたのだ。
正義と平和を掴み取る戦いはいつも別の正義によって止められる。
その結果はいつも私たち兄弟にとって正義でも平和的な解決にはならないことを。
にもかかわらず今まで繰り返してきた悲劇を忘れて激しく争う私たち兄弟。
そんな愚かな私たち兄弟に当然に今回も介入が入った。
そう。親父だ。
まるでアメリカのように介入してきた親父からのゲンコツを受け、その後に起こる悪夢を思い浮かべ、私たち兄弟は涙した。
現実と違うのは親父はどちらかの勢力につくことはない。
だが、勝手に介入してきて勝手に思うがままに線を引く。
その点は無情な現実と一致している。
早速、親父は争いの原因究明に乗り出した。
その方法は愚かなものだ。
当事者を個別に聴取することもなく、その場で双方が主張する。
さながら法廷闘争だ。
兄弟それぞれ、自らの正当性を親父に訴える。
アイツが先に手を出した――
再び争い始めた兄弟。
己のキャパを超えた親父はゲンコツで再度、黙らせる。
そして悲劇は加速する。
業を煮やした親父は、ウ○トラ兄弟一人ずつの親権を均等に配分するという、ありえない裁きを下した。
私たち兄弟は、今まで一緒に暮らしてきた兄弟を親の都合で離れ離れにすることにまるで躊躇しない親父に憎しみの眼差しを向けながらも、これといった代案も出せず、しぶしぶ了承をする。
もちろん、最初の一人に両者ともにタ○ウを指名する。
選ばれなかった兄弟たちの気持ちに思いを馳せたが頭を振って考えから追い払う。
今は目の前の出来事に集中するんだ。
仕事のできない親父はこうなることを予想していなかったのか、しばらく逡巡した後、ジャンケンを私たち兄弟に命令。
私は3回勝負を持ちかけ、弟もそれに応じる。
最初はグーを宣言し、勝負を挑んだ。
結果、タロ○は弟の手に落ちた。
全ての兄弟の親権が決まった後、私は不服申し立てをする。
嫌だ。納得できない。
いつも弟に譲る羽目になる。
総合的に見てくれ。
様々な理由で控訴した。
が、その行為が仇となった。
己の仕事のできなさを棚に上げ、不服申し立てに腹を立てた親父は再び、マッキーを手に取った。
再びヒーローは蹂躙されることになる。
私たち兄弟を虜にしたあのタ○ウ。
抵抗する術も無く、無残な姿に変えられていく。
仮に私の弟の名前がタカシだったとしよう。
ウルトラ○ンタ○ウの背中には――
マジックではっきりと――
――タカシと書かれていた。
弟は泣いていた。
次々と蹂躙されていくウルト○兄弟。
私は為す術なく、見ていることしかできなかった。
全てが終わった後、不思議なことが起こった。
あれだけ魅せられていたはずのウル○ラ○ンタロ○。
あの存在感を持ったヒーローに対して何も気持ちが湧かない。
ウル○ラ○ンタカシなのかタロ○なのか名前の書かれたややこしい彼を見て何も感じなくなってしまった。
正義は儚い。
ほんの少し、変わっただけでその価値は地に落ちてしまう。
どれだけ正義を成そうとも、ほんの些細なきっかけで手のひらを返すように見向きもされなくなる。
私は気づいてしまった。
最初にタカシと書かれるタ○ウを見て、自分のものにならなくて良かったと思ってしまった自分の浅ましさに。
私に正義はないんじゃないかと。
私には正義はふさわしくないんじゃないかと。
私はさらに深く考えた。
喧嘩を止めることは正義だ。
正しい行いだ。
ならばこの結果もまた正義なのか?
誰一人笑顔のないこの結果は正義なのか?
恐らく、正義なのだろう。
それならば私には無理だ。
受け入れられない
これが、この結果が正義なら。
私は正義になれないだろう。
自らの信じる正義を成した親父が憎い。
正義の行いで兄弟を引き裂いた親父が許せない。
私はいつか必ずこの親父を倒す。
それが例え、正義ではなくても。
弟が同じように考えたか知る由もないが、私たち兄弟は、数年後人より長い反抗期を迎えることになる。
昭和親父の思い出 白井求人 @moz6
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