昭和親父の思い出
白井求人
昭和親父とクリスマス
12月に入り、街の様子も徐々に華やいだ景色に移り変わってきた。
テレビから流れはじめたクリスマスソングを聞きながら、家路につく。
今年は子ども達は何を欲しがるだろうか?
去年はなんだったかな…。
他の家庭のパパ達もこの時期同じように考えを巡らせているのだろうか。
癌で入院している親父もこんなことを考えたのだろうか…。
いや、親父に限ってそれはないか…。
ふと、帰り道。
私は自分が幼い頃のクリスマスを思い出した。
====
少年だった私は机の前で真剣に悩んでいた。
机には紙とペン。
後ろを振り返れば弟も自分の机を前にして頭を抱えている。
母から、
「もうすぐクリスマスだからサンタさんにほしいものを書いておいて」
とのお言葉に兄弟二人して本格的な検討に入ったところだ。
この頃の私達兄弟が欲しいものはだいたい決まっている。
5人のカラフルな正義の戦隊ヒーローに関するものだ。
しかし、すぐに結論が出せないのは兄弟間の駆け引きがあるからだ。
わらわらと襲いかかってくる雑魚戦闘員をバッタバッタとなぎ倒す変身セットか、強大な力を持つ怪人をに唯一トドメを刺せる強力な武器か。
何度もシミュレーションする。
どちらが自身にふさわしいかを。
仮に私が変身セット、弟が武器だった場合を考えてみよう。
赤いマスクとベルトにブレード。
正義の熱い血潮で雑魚戦闘員を退け、いざ怪人にトドメを刺すチャンス到来のタイミングだ。
我が家のルールが発動する。
「これを借りてもいいですか?」
情けない台詞とともに弟に頭を下げることになる。
これは絶対に許容できない。
では、弟が変身セット、私が武器なら?
弟が赤いマスクで長男の私を差し置いてリーダーのように振る舞う等、考えただけで腹立たしい。
しかし、2人とも赤いマスクの変身セットになるのは避けたいところだ。
同じように考えた弟とお互い探り合いをしてる内に案の定、喧嘩に発展してしまった。
「2人とも話し合いで決めなさい。」
母親からなだめられ、
「お兄ちゃんは譲ってあげられるはずだよね?」
圧力までかけられた私は快く弟にリーダーの座を明け渡した。
そして弟は熱い正義の心を持つリーダーである赤を。
私はクールでいつも冷静な判断をする青を。
それぞれサンタクロースに発注申請をかけることにした。
申請ルートは母親から親父へ、そして親父の承認の後、親父の手によってサンタクロースに依頼がかかる。
母親から親父に伝わったことは既に兄弟で確認済みだ。
しかし、親父に再三確認するも
「ちゃんと伝える。」
「いい子にしてたらな。」
と、色よい返事がもらえない。
クリスマスまで後わずかだと言うのに…。
ついには、
「しつこい!」
と、げんこつを与えられる始末だ。
これ以上機嫌を損ねてもいいことはない。
そう判断した私達兄弟は、ワクワクを内心に秘め、その日を心待ちにした。
クリスマスイブの日もチキン、ケーキも早々に切り上げ、布団に入った。
クリスマスの朝。
枕元に置いてあった包みをサンタクロースに感謝を捧げつつ、兄弟ではしゃぎながら開いた。
弟は赤いヒーローのように雄叫びをあげながら。
私は青いヒーローのようにクールを装いながら。
しかし、包みを開けて私たちは愕然とした。
ピンク。
ピンクのヒーロー。
しかも2つとも。
ピンク、今でこそむしろピンクが1番好きかもしれない。
しかし少年だったあの頃は、忌むべき色だった。
学校で何かピンクのものを身につけているとクラス中から揶揄される時代だったのだ。
その時代の愚かな少年だった私は、ピンクに触れることを禁忌としていた。
今ではピンクに触れたくても触れられないのに。
しかし、当時の私には、その時代の男である私にとってそれは許されることではなかったのだ。
なぜだ。
サンタクロースには色もきちんと指定したはずなのに。
私たち兄弟はすぐにピンときた。
サンタクロースがこんなミスをするはずがない。
仲介人である親父の発注ミスであると。
私達兄弟は早速、クレームとして返品交換対応を求めるべく、こんなイージーなオーダーもこなせない親父の元へ走る。
親父を見つけた私達はまだ幼く拙い語彙力を駆使し、思いつく限りの罵詈雑言を親父にぶつけた。
親父は喜んでいるはずの息子達からクレームをつけられ当惑する。
しかし当惑はすぐに怒りに変わってしまう。
烈火の如く怒りだした親父は我々兄弟はゲンコツを浴びせた。
私達兄弟は泣き叫ぶことしかできなかった。
悲劇はそれだけでは終わらなかった。
絶望の淵にいる我々兄弟にさらに絶望が上塗りされる。
ゲンコツを放つも怒りの収まらなかった親父は信じがたい暴挙に出た。
泣き叫ぶ我々兄弟を嘲うかのように親父はピンクのヒーローを蹂躙し始めた。
私の手からピンクのマスクを奪い取り、こともあろうことか青の油性マジックで塗りつぶし始めた。
さっきまでこの手にいた鮮やかでキレイなピンクのマスクがやや紫がかった色に変貌していく。
ピンクのヒーロー。
その素顔は誰にでも優しく、明るく笑顔が素敵な憧れのお姉さんだ。
当時の幼い私は自らピンクを身に纏うことを禁じていたが、ピンクのお姉さんのことは嫌いではなかった。
むしろ…。
あの幼い胸の高鳴りは初恋だったのかもしれない。
私は憧れのお姉さんが醜い中年男に汚されるのを黙って見ていることしかできなかった。
なぜなら、自分の番がくることを悟った弟が親父から奪い返そうとして殴られたからだ。
私は恐怖で動けなかったのに、弟は勝てないと分かっていても腹の出た中年怪人に立ち向かった。
この時、不覚にも弟こそ赤いマスクにふさわしいと思ってしまった私は自らの勇気のなさに涙ぐんだ。
やがて2人目のピンクも髪の毛の薄くなった中年男の毒牙にかかる。
血のような赤い油性マジックでピンク色の可憐な面は徐々に染められていく。
何も知らない無邪気だったあの頃の彼女達はもう戻ってこないのだ。
守れなかった彼女を直視できないとばかりに嗚咽を漏らしながら、床に蹲る弟。
「うるさい!これが欲しいんだろう!」
ピンクのお姉さんを蹂躙しながらこちらを一瞥もせず、誤解を呼ぶような発言を放つ親父。
「これでいいんだろう!」
何もよくない。
これで私達兄弟がよかったね、となるはずがない。
ちょっと考えたら分かるだろうが。
陵辱の限りを尽くした親父は私達兄弟にすっかり面影をなくしたヒーローを手渡す。
私は、冷めた気持ちでそのヒーローを、弟は、取り乱しながらそのヒーローを手に取り、ただ涙を浮かべる。
ところどころ、塗り残しのあるそのヒーローの姿がまさに凌辱の凄まじさを物語る。
私は、それをただ見ていることしかできなかった。
見ていることしかできなかった自分が許せなかった。
そんな私達兄弟に、親父は追い打ちをかけるような仕打ちに出た。
「被れ。そこに並べ。写真撮ってやる。」
やや紫がかった青とオレンジのマスクを被った兄弟は、無理矢理ポーズを取ることを強制され、その姿が残ることになった。
お互いマスクの下の表情は伺いしれないが、笑顔じゃなかったことは確かだ。
正義は無力なのか。
ピンクのピンチに駆けつけるヒーローは誰もいなかった。
あの傍若無人な中年怪人を止めるものは誰もいなかったのだ。
いつかあの男を止めらる力を手に入れたい。
そう決意した私も年を重ねることで中年怪人の事情も分かってきた。
ネットもない昭和の時代、モーレツ社員が推奨され、おもちゃ屋の営業時間に帰宅できなかった親父。
閉店間際、クリスマス目前のおもちゃ屋には既にほとんどのヒーローが売り切れていたようだ。
どれも同じに見えるキャラクターに違う色だと喧嘩になることまで思い至った親父は、ピンクのヒーローを手に取ったのだった。
そんな中年怪人も今やジジイだ。
癌で入院した時、弟がピンクの派手なシャツを着替えとして持ってきた。
「こんな派手なの俺みたいな年寄りが着られるか!ちょっとは考えろよ!」
短気な親父が吠える。
弟はニヤニヤ笑いながら言葉を返す。
「じゃあマジックで好きな色に塗れよ。」
親父は、顔をしわくちゃにして嬉しそうに大声で答える。
「バカヤロウ!古いこと根に持ちやがって!」
病室の棚には、写真立て。
そこには汚い色した2人のヒーローがやる気のないポーズを決めていた。
***
私は妻に娘達が欲しがっているクリスマスプレゼントを確認する。
もう聞くのは5回目だ。
何度聞いても区別がつかない。
検索すると同じような名前の魔法少女がたくさん出てくる。
お姉ちゃんがこっちで妹はこっち?
髪の色は同じだけどこれは名前が違う気がする…。
これで合ってるのかと頭を抱え、なかなかネットショップのカートに放り込めない。
やっぱり2人とも同じのにしないと喧嘩にならないか?
よし、これでいいだろう。
明日も仕事で早いのにずいぶん時間がかかってしまった。
こんなに一生懸命探したんだから大丈夫だろう。
きっと喜んでくれるはずだ。
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