信じるもの
グウィエンは国王である父にリチャードの冤罪を主張したが、それより早く犯罪者だと流布される。
エリックがそれを聞いてすぐさま二コラと王家の諜報隊の『影』達に調査を依頼した。
正式にアドガルム国が冤罪だと声高に謳い、ルド達の身柄はアドガルムの者が確保していた。
また不当な拷問があったことを示す為、彼らの治癒がなかなか行えなかったのが大変であった。
「すまない、本当はもう少し早く治してあげたかったんだが」
見舞いにきたグウィエンが詫びる。
「いえ、この怪我のおかげで司法の場で皆に信用されたように思いますので。すぐに治さずにいたのは功を奏したように思います。しかし発案はグウィエン様ですか?」
こんな駆け引きを思いつくなど、ティタンではなさそうだ。
彼は何度も治癒師を呼びたいとぼやいていた。
「いや、エリックだ。目に見えるもののほうが人は信じやすいと言っていたのでな」
あの年若い王子の考えとはルドもライカも驚く。
「やっぱり王子ってただの子どもじゃないんだな」
人形のような双眸が思い出される。
そしてその後ろに立つ幽霊のような不気味な従者。
何とも珍妙な組み合わせだった。
「あの従者も何か普通じゃなかったもんな」
ツンツンとライカの腕をつつくものを感じる。
「ぼくの兄です。悪く言うの許さないです」
そこにいたのは黒髪の小さな子どもだ。
がりがりでひょろひょろ、目だけぱっちりと大きい。
「兄? あの二コラって従者が? それは悪かった」
ライカは素直に謝る。
家族を悪く言われたら誰だって嫌だろう。
「わかればいいのです」
むんと胸をそらす子どもは男か女かもわからない。
余程小さいから幼児かもしれないなとライカは思った。
「マオ、お前俺の従者何だから一人で行くな」
マオと呼ばれた子どもが振り返った。
「伝言しに先に来ただけです」
マオはライカに向き直る。
「ティタン様が今から来るですよ」
「いや、見ればわかるよ」
どうにも変わったものばかりだ。
「可愛らしい子だな、それが二コラの妹か」
一発で性別をあてるグウィエンはさすがとしか言えない。
さすが女好きだ。
「えぇ。俺の従者になってもらおうという事で話がつきました。しばらくは影たちに諜報の仕方を学び、ゆくゆくは手足となって動いてもらうつもりです」
マオはグウィエンに礼をする。
「初めまして、なのです。マオというのです。今後よろしくお願いするです」
どうにも口調がおかしいが、子どもというのはこのようなものか。
傍から聞いていて違和感が凄い。
「グウィエンだ、これからよろしくな。にしても面白い話し方だな」
グウィエンは咎めるわけではなくただ疑問を口にする。
「マオと二コラは貧民街で生まれ、育ちました。それを兄上がスカウトして来たそうです」
貧民街……それを聞けば口調も身なりもおかしいのはわかる。
その日の暮らしも怪しい場所で、ここまで成長できた方が珍しい。
大概どこかに売られ、日の目も見ない生活を強いられ、人知れず死んでいくものが多いのだ。
国の闇部分だ。
是正しようとしても、なかなか法の手が行きつけない場所。
犯罪組織も多く隠れ住むそこは、いかな国でも手出ししづらいものだ。
藪をつついて蛇を出す、触らぬ神に祟りなし、手を出さず関わり合いにならない方が良い場所が世の中にはあるものだ。
綺麗ごとだけでは生きていけない。
「だからこんな小さいのか。もっと食ってもっと大きくなれ。美人に育てば俺の恋人にしてやってもいいぞ」
グウィエンがそう言うと、剣の交わる音が聞こえた。
「妹に手を出すな、殺すぞ」
「そちらこそ、王族を傷つけたら死罪だ。わかっているのか?」
グウィエンの前で男二人が剣を交え、硬直していた。
一人は二コラ、もう一人はグウィエンの従者セトだ。
「二コラ、剣を退け。今死なれては困るからな」
エリックが二コラにそう言う。
「セトありがとう、助かった。だがもう引いていい。あちらも大事な妹の為に抜いただけだ。不問にする」
グウィエンは自分の発言のせいとは言わず、そして斬り合いをみてもケロッとしている。
(相変わらず肝の据わった王太子だ)
いつでもグウィエンは余裕たっぷりで動じない。
そしてナンパの成功率はまぁまぁ低い。
セトも二コラも剣を仕舞った。
「皆さんお揃いで、何かあったのですか?」
ルドの問いかけにエリックが話し始める。
「お前達の無罪が決まった」
その一言に家族三人抱き合ってしまう。
「だが、このままシェスタにいるのはお勧めしない。冤罪とはいえ犯罪者の家族として噂が流布している。元のように生活するのは難しいだろう」
続けて言った言葉に三人は黙る。
被害者はこちらとはいえ、奇異の目や好奇の目に晒されるのは確実だろう。
それにライカ達もいまいち国を信じられない部分がある。
確定するまで、同僚たちとも距離が出来た。
明らかに疑いの目を向けられたりしている。
今更元のような仲になるなんて、難しいだろう。
「だから、俺と一緒に来ないか?」
ティタンが両手を広げて熱弁した。
「アドガルムに来れば一緒に鍛錬も出来るし、二人は強い。俺ももっと二人のように強くなりたいし、師のシグルド殿だって二人と剣を合わせれば、喜ぶはずだ。何よりアドガルムには二人を虐げるものはいない。そんなものがいたら、俺がぶん殴る」
頼もしい言葉と拳を作って見せる。
「このままシェスタで辛い思いをするよりは、アドガルムへ行かないか?」
期待に満ちたキラキラした目だ。
ライカとルドは母を見る。
その目線の意味を悟り、クレアも頷いた。
「辛い思い出が残るこの国よりも新天地の方が確かに楽しそうですね」
クレアはちらりとグウィエンを見る。
「勿論俺が出国の了承をする。誰にも気兼ねしない、新たな人生を応援するぞ」
そう言ってグウィエンは二人の肩を叩く。
「早めに気づかず済まなかった、お前たちの事忘れないぞ。戻りたくなったら俺を頼れ、いつでも味方になる」
グウィエンの手から温かな光が放たれる。
二人の残っていた傷もあっという間に治った。
「グウィエン様、回復魔法を使えるのですか?」
誰もそんなこと知らないはずだ。
男性で回復魔法を使えるなんてこの国で聞いたことがない。
「切り札だ、男は多少の秘密があった方が粋だというだろう? 皆内緒にしてくれよ」
にやりとわらうグウィエンは悪戯っ子のようだ。
「こいつらをまかせたぞ、ティタン」
「お任せください!」
ティタンは胸を張り、堂々と返事をした。
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