救出
この声は知っている、散々一緒に訓練した相手だ。
少年ことティタンは躊躇なく牢に入る。
「何でガキがこんなところに」
ティタンは訝しむ看守に対して容赦なく殴りつけた。
ついでライカを押さえている者達をどんどん倒していく。
既に筋力強化の魔法は会得している、大人とはいえただの生身でティタンに勝てるわけがない
「ティタン様……」
あっという間に皆を倒したティタンはライカを担いだ。
「ルド様、そしてそちらのご婦人は歩けますか?」
「えぇ。でも、あなたは?」
初めて会うクレアはティタンの事が分からず、またこの状況にぼんやりしていた。
「自己紹介は後で。まずはここを出ましょう」
ルドとクレアは言われるままにティタンについていく。
「酷いケガだ。生きているか?」
外にいたのはグウィエンだ。
「グウィエン様、何故ここに?」
ライカは朦朧とした意識で見る。
「ティタンがお前達を見かけないと言ったから探していたんだ。そしたらここにいるという話を聞いて、大慌てで助けに来たんだよ」
グウィエンがティタンからライカを受け取る。
ティタンよりも年上で背も高いグウィエンは軽々とライカを持ち上げた。
「ありがとう、ティタン。お陰でこいつらを死なせずに済んだよ」
グウィエンがそんな事を言う間、ついにライカは気を失った。
「誰だ、お前」
次に目を覚ますと、ライカはこちらを見る少年に気づく。
金髪翠眼、明らかに身分のある者だが見たことがない。
涼やかな顔でライカを見ていた。
「随分な言いようだな」
ふっと少し笑ったのか小さい呼吸音が聞こえる。
人形のようなその少年は椅子から立ち上がり、こちらを見下ろしている。
「怪我は酷いが、話せるならば回復も早いだろう。無理をするな」
「偉そうに……!」
起きてぶん殴ってやろうかと思ったが体がうまく動かない。
「それだけの怪我と栄養失調だ、しばし休め。今お前の母とティタンを呼んでやる。兄はお前の隣で寝てるぞ」
エリックの視線を辿ればそこには包帯を巻かれたルドが寝ていた。
「俺はただの見張りだ。これ以上お前らが不当な目に合わぬようにと頼まれた。だから安心するんだな」
淡々という少年の口調は年相応でもなく、得体のしれない存在に見える。
「あなたは、一体……」
ぞくっとする空気を感じ、自然と口調が改まった。
「アドガルムの第一王子エリック=ウィズフォード様ですよ」
急にライカの耳元で男の声がした。
「誰だ?!」
危うくベッドから落ちそうになったが、眼鏡をかけた細身の男が立っていた。
酷く痩せており、目はギラギラとしている。
「口の利き方に気を付けてください。危うく切るところでした」
抜き身の剣を携えた男は殺気を隠そうともせずそう言い放つ。
「二コラ、落ち着け。折角助けた命を奪ってどうする。それらは俺の弟が助けたもの達だ。勝手は許さん」
「……申し訳ありません」
二コラが剣を仕舞い、エリックの後ろに控える。
ぎらぎらした常軌を逸した目をライカに向けていた。
「すまないな、まだ従者になり立てで躾がなっていない。こいつの非礼は俺が詫びる」
「それよりも第一王子って」
ティタンの兄か。
話には聞いていたが、全く似ていない。
人形のような肌と目、作り物のようだ。
こうして話をしないと生きているものとは信じがたい。
「ありがとうございます、ティタン様には命を救ってもらいました」
彼の人の兄とは恩人も同義だ。
そしてエリックは最初見張りをしてくれているといった、王子が一介の騎士の護衛とは聞いたことがない。
「もうすぐ来るから直接礼を言うといい。俺はこの部屋にいるだけだ」
それでも抑止力としては強い。
隣国の王子がいる部屋になど、一般の者は近寄れないからだ。
やがてノックの音がして、母クレアとティタンが入ってくる。
「良かった、元気そうだ」
ティタンがホッと胸を撫でおろし。クレアは号泣する。
「本当にありがとうございます。王子様に助けて頂けるなんて、感無量です。夫を亡くし息子まで、と覚悟をしていましたが、本当に良かった、嬉しいです」
大号泣するクレアに二コラがハンカチを渡し。また後ろに下がる。
「やれば出来るな二コラ。さてティタン。話したいことがあるのだろ?」
エリックは本を取り出し、背を向けた。
あとは自由に話せという事らしい。
「ライカ、無事で良かった。いつも通り鍛錬をお願いしようと思ったら二人ともいないから、何事かと思った。周囲は病欠だというが態度がおかしい。それでグウィエン様と兄上に頼んで調べてもらったんだ」
そうしたら犯罪者の家族という事で拘束されていると知る。
グウィエンも知らなかったらしい、どうやらまだ容疑者の段階だそうで公には出ていなかったそうだ。
「ただ取り調べをされているならまだ仕方ないと思ったが、このような拷問は許しがたい。断固抗議することに決めたので、父上に相談済みだ」
ティタンは怒りを露わにし拳を握りしめている。
「あの、何故私たちの為にそこまでしてくださるのですか?」
クレアの疑問は尤もだ。
シェスタで助けるもののいなかったライカ達をこうして助けてくれるなんて、といまだ信じがたい気持ちなのだ。
「……俺達が本当に犯罪者の息子だったらどうするつもりでしたか?」
いつの間にか目を覚ましたルドがティタンにそう問うた。
「剣を交えたからわかるが、ルド達は真面目で真っすぐだ。その父親もきっと真っすぐな御仁だろう。そんなものが犯罪を犯すとは考えにくい。仮に本当に犯罪者だったとしても、ライカ達が行なった事ではない。このような不当な扱いを受ける理由はない」
ティタンはルド達を信じてくれており、そしてこの意味のない暴行に対して怒っているようだ。
「牢の者共はグウィエン殿に話して、厳罰に処してもらうと約束して頂いた。あのような事を行なうものなど騎士の国の男児にあるまじきものだろう。しっかりと反省させねばならぬ」
ふんと怒るこの少年に、ルドとライカは涙を流す。
幾許かの付き合いしかない異国の者に、こうして味方をしてくれるなんて、何と嬉しい事か。
「ありがとうございます、ティタン様……」
嗚咽で声が霞む。
「礼ならば兄上とグウィエン様に言ってくれ。俺は進言しただけで、大して何もしていない」
謙遜だ。
ライカ達の救出のために自分より大きい大人相手に殴りかかったではないか。
自分の身の危険も顧みず助けに来てくれたティタンへの恩は忘れられない。
「この御恩は一生忘れません」
二人の涙はしばらく止まらなかった。
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