ライカの過去

食事を終え、二人はライカの部屋に来る。


物の少ない簡素な部屋だ、だが武器についてや戦いの指南書についての本は置いてある。


「俺とルドは紆余曲折あってこのアドガルムに来ました。今は平気ですが、ティタン様に助けられるまでは本当に酷いものでしたよ」

当時の憎悪と怒りがふつふつと湧き上がる。


押さえきれない激情は今でもまだライカの中で燻っているのだ。


「母国に対しての憎しみは消えない、だがどうしようもないというのもわかっているから、辛い。それでも聞いてくれますか?」

フローラは昏く、怒りに満ちたライカの目を見て頷いた。


「お願いします、ぜひ聞かせてください」

膝の上で両手を組んで姿勢を真っすぐにするフローラに思わず笑ってしまう。


「楽しい話ではないですが、ありがとうございます」

ライカは少し肩の力を抜くと、ゆっくり話し始めた。









燃えるような赤毛の双子騎士、ルドとライカは隣国シェスタの出身だ。


騎士の国である国で男児として産まれたのだから、騎士として励むことは当然だった。


ルドは兄として将来の当主として、武だけではなく勉学にも打ち込んでいる。


ライカは優秀な兄がいるからと勉学よりも武に打ち込み、互いに王宮に勤める騎士になることが出来た。


ある日、隣国の王子が騎士の訓練所に来る。


「この国の騎士は強いと評判だ、ぜひ鍛錬に混ぜてほしい」

そういったのは薄紫の髪をした少年だ。


少年にしては体格が整っているものの、まだ子ども。


お守り役などごめんだと相手にする者もいない。


「俺の顔を立てて、誰か相手してくれないか?」

王太子のグウィエンにせがまれ、若輩者であるルドとライカが選ばれる。


出会いはこんな感じであった。


最初は子どもの相手なんてと思ったが、まさかの腕前だった。


聞けばアドガルムの剣聖シグルドを師事しているとの事で、相当しごかれ鍛えられてているらしい。


「これは凄い……ぜひそちらに行った際は、私達もご指導頂きたいですね」

ルドは素直に感心する。


「いや、認める。いい腕だ」

嫉妬の気持ちは湧き上がるものの、ライカは騎士として恥ずべき行いはしてはいけないと腕前を褒めた。


やがてティタンがシェスタに来ると三人で鍛錬し合うのが当たり前になってきた。


しかしそれも長くは続かなかった。


「父が死んだ……?」

受け取った報告書を握り潰し、ルドの体が震える。


母は泣き崩れ、ライカは呆然と立ち尽くした。


「えぇ……違法薬物の売買があったと通報があり、そちらへと取り締まりに行った際でした。激しい応戦の際に、部下を守り……」

報告に来てくれた騎士も涙を堪えきれなくなったようだ。


ルドは突如引き継がれた家督に恥じぬようにと、自分が泣くことは許されないと涙も零さない。


「知らせに来てくれてありがとうございます、気持ちが落ち着いたらすぐに父の元へ伺わせてもらいます」


「……はい。遺体は王宮の冷暗所にて保管されています。リチャード様の奥方様が落ち着いた頃にでもおいでください」

ぺこりと頭を下げると、馬に乗り帰っていく。


殉職した父を一人にしてはおけないと、母と弟を宥め、家紋のついた馬車に乗る。


「父さんは立派に職務を全うしたんだ。名誉あることだよ」

泣く母の背中を擦り、慰めた。


「そんな、名誉だなんて。生きて帰ってさえくれれば、そんなものいらないのに……!」

さめざめと泣く背中をルドは撫でるくらいしか出来ない。


「ルドは、悲しくないのか?」

ライカは鼻を啜りながら問いかける。


「悲しいけれど俺は長男だから今はまだ泣けない。俺まで泣いてしまったら父さんが心配してしまうだろ? 早く連れて帰ってきてあげよう」

その後は泣くかもしれないねとポツリと呟いた。


悲しみが深すぎて麻痺しているんだと感じられた。


早く家で父を労ってあげよう、そう家族で話していたのに。









「投獄って、どういう事だ!」

有無を言わさず、牢へ押し込められ、ライカは大声で叫んだ。


「何かの間違いではないのですか? 私達は夫を迎えにきただけで……」

弱々しいその声をばっさりと衛兵は打ち砕く。


「騎士として殉職したリチャード=トワレ伯爵だが、その後の調べで密輸業者と内密に手引きしていたと発覚した」

さすがに衝撃を受ける。


「っざけんな!そんな事あるわけないだろ!」

檻を壊さんばかりの勢いでライカは食ってかかった。


「黙れっ!」

衛兵は棍で容赦なくライカの腹を突く!


「ぐっ!」


「ライカ!」

庇うようにルドが間に入った。


更に追撃しようした攻撃を掴んで止める。


「いいのか? 歯向かったとして裁判で不利になるぞ」

その言葉にルドが手を離すと頬を殴打される。


二人はひとしきり殴られるが耐えた。


こんな痛みなど、訓練に比べれば平気だ。


母を悲しませている事が気がかりだが。


「今日は、これくらいにしてやる」

満足したのか攻撃が止んだ。


「……あいつ、ぜってぇ殺す」

ぽつりとつぶやいた言葉はルドにだけ聞こえた。


「俺も同じ考えだよ」

痛みと気怠さでしばし床に寝たままだが、母が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。


流れる血を拭き、水瓶の水で布を濡らして腫れた頬を冷やしてくれる。


「二人とも大丈夫?」

泣きながら母クレアは二人の治療をしてくれる。


しかし物のない牢では大したことは出来ない。


痛む体を動かさず安静にするしかできなかった。


次の日赤かった部分が黒く変色し、動かせば体が痛む


「冤罪だ、出せ」

ライカは相変わらず、聞かれたらそう言うだけだ。


「俺達は何も知らない、だが父はそのような事をする男ではない。けしてやってなどいない」

現役の騎士の犯罪とあって、取り調べを受けるルドとライカへの行いも酷いものであった。


母が無事であればと、二人は苦痛を受け入れる。


「いい加減、リチャードの罪を認めろ! やったと言え!」


「していない、冤罪だ」

ライカの頬がこん棒で殴打される。


意識が途切れそうだが、認めるものか。


家族皆、父を信じている。


ここで死んでも後悔しない。


「いい加減にしろよ……」

ついに真剣が抜かれた。


「おい、まだ刑も確定していない罪人を勝手に殺していいのかよ。さすがに罰せられるぞ」

死ぬのは怖くないが、今後ルドが一手に拷問を受けるのは嫌だ。


それならば自分が受ける方がいい。


「安心しろ、腕を切り落とすだけだ」

他の看守が集まってくる。


「うっ!」

無理矢理体を押さえられ、右腕を伸ばされる。


「やめろ! 弟を殺すな!」


「ライカ!」

二人の叫びが聞こえてきた。


その時にはもう意識がどっかに飛びそうになっていてライカは朦朧としていた。


(腕……なくなったら、もう剣振れねぇなぁ)

そんな事を考えたのを覚えている。


暗い牢で光る刃がやけに印象的だった。


固く冷たい床に押さえつけられ、息も出来なくなる。


いよいよ剣が振り下ろされようとした時、声が響いた。


「そいつを離せ」

声変わりもまだの、少年の声だ。



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