告白の返事

ティタンの好意で屋敷へもう一日滞在することにした。


ライカの家に行くにはまだ覚悟が足りない。


昼間は鍛錬場を借りて思いっきり体を動かした。


「ライカは夜に帰ってくるのね」

今日のティタンに付き添う護衛はライカなので、話すことは出来なかった。


だから、帰ってきたら返事をしようと思うのだが、なかなか頭が回らない。


(そういえばマオさんとはどうなったの? 相変わらず仲は良さそうだけど)

それに侍女のチェルシーとも仲良さそうに話していた。


一体どういう関係なのか。


(そもそも私は彼の事詳しく知らないわ)

床に座り込み、息を整えながら考える。


剣の指南や武器の話をしたり、元婚約者を追い払ったりなど恩は多い。


少し乱暴だが。根は優しいとは知っている。


でも好きなものや好きな事は?


どうやって生きてきて、どうして護衛騎士をやっているの?


そもそも家名も知らない。


今更ながら、ライカの事を何も知らない事に気づき、頭を抱える。


これはまずいのでは?


「今から自己紹介で、間に合うかしら」

慌てて体を起こし、ミューズの元へ向かった。






「これは?」

ティタンと共に屋敷についたライカはフローラからとある書類を受け取る。


「私の経歴書です」

フローラはお互いをあまり知らない事に気づき、ミューズに紙とペンを借りてこちらを作製した。


今までの生い立ちや好きなもの、苦手なもの、経験してきたことなどが書いてある。


年齢ごとに分かれて様々な事が書いてあって面白い。


「猫、苦手なのですか?」


「はい。かわいいとは思うのですが、唸られたことがあって、それで何だか苦手になってしまって」

ライカがつらつらと目を通していく。


「あなたらしい真っすぐで素直な書き方ですね」

自分の字とは違い綺麗で読みやすい。


報告書の作成などにも向いていそうだ。


「ありがとうございます」

褒められたことが喜ばしく、フローラは笑顔になる。


一瞬見惚れ、ライカはすぐに書面に視線を移した。


「で、これを何故俺に見せてくれたのです?」

分かりやすい書類だが、作った意図が分からない。


「それは私という人間を知るのにわかりやすいかなと思いまして。これならライカ様と話すことが少なくても短時間で伝わるかなと」


「あなたの事を俺が知っていいのですか?」


「もちろん。その代わりに私にもあなたの事を教えてください。それならば私も昨夜の返事が出来そうです」

フローラの発言にライカは硬直し、周囲の目が集まる。


「おやぁ? 昨夜何があったのかしら?」

チェルシーがライカににやにやと迫る。


「これは是非にでも教えてもらわないといけないですねぇ。隠し事は駄目ですよ」

マオもまた好奇心を隠そうともせずにライカに詰め寄る。


「私にも後で教えて!」

ミューズが挙手をし、そう言った。


女性陣の発言に男性陣は苦笑いだ。


「チェルシー程々にしてくださいね。義弟とはいえライカのプライバシーも尊重してあげてください」

ルドの発言にフローラは驚く。


確かこのルドはライカの実兄だ、義弟という事はチェルシーはルドと結婚しているのか。


「マオ、ライカをからかうのも大概にしろよ。あまり距離が近いとリオンが嫉妬して俺に苦言を言いにくるんだからな」

ティタンのいうリオンとは第三王子だ。


その人が嫉妬? という事はマオはリオンの恋人?


フローラは急に入った情報に頭がパンクしそうだ。







「ごめんなさい、私が不用意にあんな発言をしたせいで」

問い詰められ、げっそりとしたライカにフローラは謝罪をする。


「いえ、フローラ様は悪くありません。悪いのはあいつらです、あの暇人共が」

悪態をつくライカが何だか懐かしい。


久々に本来のライカを見られ、フローラは嬉しくなる。


「それだけライカ様が愛されているという事ですよね、羨ましいです」


「羨ましいですか? 話をするまで吐くまで痛めつけられますが」

下手したら飯抜きだ。


この屋敷でライカの人権は無きに等しい。


昔は自分に寄るものなどいなかったのに、この屋敷の者はライカを受け入れるどころかおもちゃにしてくる。


「そうやって素のライカ様を出せるのだもの、羨ましいです」

フローラは寂しそうに笑う。


「素の俺はとても乱暴だし、口も悪いです。よく狂犬とも言われました」

ぽつぽつとライカは話し出した。


「先程頂いた書類のようには書けませんので口頭で聞いてもらえますか? 俺の事を」


「えぇ知りたいです。ぜひ教えてください。あなたと仲良くなりたいです」

フローラは頷いた。


「俺もあなたの事を知れて良かった。調査したのと違い、あなたの主観や当時の気持ちが書いてある。こんな貴重な事を教えてくれてありがとうございます」

ライカがはにかんだように笑うが、フローラは気になる事を耳にした。


「調査って?」

さぁーっとライカの顔から血の気が引く。


ここ二日ほどで本当に色々な表情が見られるものだ。


昔は仏頂面ばかりだったのに。


「申し訳ありません!」

ライカは床に頭をこすりつけて、平謝りをする。


「当時、フローラ様の手助けをするため、そしてミューズ様のご友人に相応しい方なのかを内密に調査をしておりました。勝手な事をしてご不快な思いをさせてしまった事、誠に申し訳ない!」

おおよその理由は気づいていたが、まさかミューズの友人としてまでも精査されていたとは驚きだ。


しかしこうしてここにいるのだから、きっと審査は合格だったのだろう。


「過ぎた事だし、もういいのですよ。それにしても友人になるのにも調査が必要なのね、合格してよかったわ」

ライカは勢いよく頭を上げる。


「フローラ様は気高く誇り高く美しい方です、そのような方ならばミューズ様のご友人に相応しく、またティタン様を利用しないと判断されて一発合格です! むしろありがたい存在です」

ライカは立ち上がった。


「王族の配偶者、そして公爵夫人となるミューズ様の側には良からぬものが集まっておりました。ですので、あなたやメィリィ様など、真の心で接してくれる友人は本当に有難い、これからもおそばにいて欲しいのです」

ミューズの為はひいては、ティタンの為になる。


それはライカにとっても嬉しい事なのだ。


「ミューズ様の幸せはティタン様の幸せ、そしてそれは俺の幸せとなるのです。俺は俺達はティタン様に救われたんだ」


「ライカ様」

いよいよライカの過去を聞けるのかと思って身構えてしまう。


ところがそんなタイミングでフローラのお腹が鳴ってしまった。


そう言えば夕食の時間だ。


鍛錬後、経歴書の作成をして頭も使い、すっかりエネルギーを使い果たしてしまって空腹を我慢できなかったのだ。


「食事、行きましょうか」


「……はい」

フローラの声は消え入りそうな程小さくなっていた。

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