長年の想い

そんなこんなでライカ達との別れを経て数年、この街に帰ってきてしまった。


夕飯もご馳走になり、宿泊まで促されて、ベッドに入る。


だが、寝つけない。


ため息をついて、夜の中庭に出る。


荷物もまとめて持ってきたし、このまま去るつもりだ。


「どこへ行くつもりですか」

ライカの声だ。


赤い髪に青い目、不機嫌そうな顔は昔と変わらない。


「もう充分お世話になったから、そろそろお暇しようと思って。いつまでも身分のない者がここにいるのは、よくないですし」

行く手を塞ぐようにライカが立つ。


フローラからだと少し見上げるくらいの身長さだ。


「冒険に戻り、またここへは来ないおつもりなのですか?」


「そうね……ここには戻らない。あんなにも親身になってもらったのに、私は何も出来なかったから」

憧れの道だったはずなのに、上手くいなかった。


チームを組むことも出来ず、ソロでも大した腕はないから上にも上がれない。


中途半端な立ち位置だった、なんの特技もない世間知らずのフローラを誘うものは誰もいなかった。


「ここに残らないか?」


「えっ?」

ライカの誘いに戸惑う。


「俺はずっと冒険者として送り出した事を後悔していた。向き不向きはあるが、魔獣退治よりもあなたの腕は護衛に向いている。命を奪うにはあなたの心は繊細すぎるんだ」


「……」

フローラは口を閉ざす。


何年冒険者をしても命を奪うことになれず、ここのところは商人達の護衛の仕事しかしていなかった。


しかし、女というだけで選ばれることも少なく、細々と過ごすしかなかった。


この街に来たのも頭を下げて実家に帰ろうかと、追い詰められていたからだ。


これ以上ライカ達のお世話になるのは心苦しかった。


「今すぐ決断はしなくていいが、このまま去るのはやめてくれ。ミューズ様が悲しむ。引いては我が主、ティタン様も悲しむので、それでは心が痛い」

ライカの言葉にフローラは落ち込む。


引き止めたのはフローラの為ではなかったのだと認識したからだ。


「そう、ミューズ様の為に引き止めたのね……」

フローラはぎゅっと手を握る。


「主の為もあるが自分の為でもある」

ライカは後悔なきよう、慎重に言葉を選んだ。


「フローラ様が冒険者として出立したのを引き止めなかったのを後悔している、さっさと言えばよかったと」

ライカはフローラの肩を掴んだ。


「もう目の届かないところに、あなたをやりたくない」

ライカが眉間にしわを寄せながらそんな事を言う。


「あの?」

フローラは怒られてる気分だ。


「邪魔をしたくなかった、だから言わなかった。遅いかもしれないが」

ライカが後悔したのは送り出した事よりも言えなかった言葉。


「俺の側にいてくれ」

ライカは顔を赤くした。


「行く場所がなければ俺の家に来てほしい、近くに借りてあるんだ。男一人だから汚いが、急いで片付けるから」

相変わらず眉間にしわは寄っているが、耳まで赤くなってきた。


「待ってください、ライカ様。私はそんな……」


「嫌ならば断ってくれてもいいし、忘れてくれ。ただし今日は行かせない。部屋に戻ってくれ」

顔も合わせずにライカに無理矢理促される。


強制的に部屋に戻され、フローラは呆然とする。


じわじわとプロポーズされた事に気づいた。


(えっ、何で私?!えっ?)

いつから、そしてどこに好かれる要素があったのか。


いつも不機嫌そうな顔をしていたのに。


(側にいてくれ、なんて…)

初めて言われた。


もうどんな顔してライカに会えばいいのかわからなくなった。






翌朝一睡も出来なかったフローラは眠い目を擦り、朝食を取りに食堂へと向かう。


「おはようございます」

ライカが、変わりなく挨拶をしてきた。


「……おはようございます」

早速の顔合わせだが、ライカはいつもと変わらない不機嫌顔だ。 


何も意識していないように見える。


「フローラと朝も一緒なんて嬉しいわ」

にこにこのミューズはフローラに色々な食べ物を勧める。


「これも美味しいし、これも美味しいの。みんなお勧めよ」


「ありがとう」

屈託なく笑うミューズは一時の母とは思えず、まるで少女のようであった。


「あまりフローラ嬢に勧めすぎるな、困ってしまうだろ。それにミューズもきちんと食べないと、また細くなっただろ」

身を乗りだしてまでフローラに勧めているのを見て、ティタンが窘める。


「それにフローラ嬢に構いすぎると俺が寂しい」


「まぁ」

素直にそんな事をいうティタンに驚いて声を出してしまう。


「失礼しました」

思ったよりも大きい声が出てしまったので、慌てて口を押え、下を向いた。


「いや、いい。驚くものだろう」

ティタンは気にした素振りもない。


「知っての通り、俺はとても不器用だ。だから伝えたい気持ちは率直に言葉に出している。フローラ嬢はそういう事はないか?」

ティタンの言葉に昨日のライカを思い出す。


なんともタイミングが良いような話題だが、果たしたどうなのだろう。


「伝える時に伝えないと後悔するからな。俺達は戦いに赴くことが多いから、なるべく自分の気持ちを伝えるようにしている、死んでからでは遅い」

ティタンの言葉は命のやり取りをするものには当たり前の事だ。


「死ななくても、会えなければまた同じだ。悔い無きようフローラ嬢も過ごしてくれ」

悔い無きように、その言葉がとても印象的だった。


その言葉にフローラはその後ライカへの返事で悩むこととなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る