再出発

「フローラ、お前は本当にこれでいいのか?!」

ダンテが泣き叫ぶような声でフローラを見る。


「令嬢として何不自由ない暮らしをしてきたお前が、本当にやっていけると思うのか?! 私達を捨てて、本当に出ていくのか?!」

フローラの体がピクリと震える。


「愛してる、だから幸せになれるようにと良い縁談を結んだんだ。お前が将来困らないようにと。それにもしも冒険者として上手くいかなかったら、どうするつもりだ?!」

愛してるなど、父の口から聞くなんてと、フローラの目に迷いが生じる。


「平民となったお前を誰も助けない、誰も手を貸さない。それなのに家族とまで縁を切るなんて…考え直しなさい、お前を守れるのは私だけだ」

ダンテが手を差し伸べる。


フローラは戸惑い揺れる瞳で父を見る。


「もうお前に無理な縁談も進めない、剣の道も諦めさせようとしない。だから、さぁ!」

フローラの目がライカに移された。


「安心してください、俺がずっと味方です」

迷い困るフローラに優しい視線を送る。


「あんたがいなくても俺がフローラ様を守る、信用ならないものにこれ以上フローラ様を任せられない」

ライカはそう宣言し、書類を突き出した。


「さっさとサインをしろ。これ以上待たせるわけにはいかないんだ」


「誰がするものか、それに待たせるってどういうことだ?」

ライカの言葉に引っかかったものを感じたダンテが疑問を口にする。


「俺の事ですよ、侯爵殿」

部屋の入口に佇む人影に、ダンテもフローラも息を飲む。


「エ、エリック様?!」

アドガルムの王太子が従者を伴ってそこにいた。


「忙しいから早く書類を受け取りたいのだが、侯爵殿はまだ駄々でもこねているのか?」

エリックの視線がライカに移る。


「申し訳ございません、約束のお時間を大幅に超えてしまいまして。なかなかダンテ殿から良い返事を貰えず、辟易しておりました」

口調も態度も変え、ライカはぴしっと姿勢を正す。


エリックは主君の兄で王太子だ。


主同様敬意をもって接する。


「侯爵殿、この期に及んでまだフローラ嬢を束縛されますか」

ふぅっとため息をつく。


「婚約者を盗られ傷心のフローラ嬢に労いの言葉一つ掛けず、非のない彼女にお前も悪いと誹り、婚約解消という手を取って、事業の方を優先させた。破棄となれば彼女に瑕疵がない事が世間的にも知らしめられたのに、事業のノウハウと引き換えに娘の誇りを汚すとは、父親の風上にもおけませんね」

ちくちくと嫌味をいうエリックにダンテも呻く。


「エリック殿下には関係ありません。内内なる家族の話です」


「フローラ嬢は我が義妹ミューズの友人、そしてそこのライカはフローラ嬢の剣の師であり、弟ティタンの護衛騎士だ。無関係とまでは言えないはずですよ。それにフローラ嬢の剣の道を極めたいという志を王家は尊重し、応援しております。その彼女が思う存分に剣を振るえないのであれば、邪魔を排除してあげたい」

エリックが二コラに目配せした。


「今までのフローラ嬢の教育費と養育費、それらを概算した金貨を持ってきました。さてこれで自由にしてあげて下さい」

その言葉にダンテは慄いた。


「こうまでして、なぜ?」


「フローラ嬢が大切だからですよ」

ライカを一瞬ちらりと見た。


「友人と話す時間も奪わないし、白い結婚もさせない。まして結納金目当ての結婚なんてさせたくないと彼女を特に大事に思う者から頼まれましてね。俺がそれを承りました」

ティタンやミューズも同席を希望したが、卒業パーティの準備に間に合わなくなると断った。


それに友人という近しいものにほどこのようなやり取りは見せたくないはずだ。


エリックくらい近からず遠からずの位置にいるものの方がスムーズに進むこともある。


「それともこのまま拒み続け、世間に金の為に娘を売る家だと広めますか?」

ローズマリー家は金には困っていない。


跡継ぎもいるし、周囲から見ても政略結婚を押し進めるほどの必要性は感じられない、恋愛結婚が段々と主流になってきている中でこのような話の流布は得策ではない。


それにここで拒んだとしたら、ここまで出張る王太子が今後ローズマリー家とどう付き合っていくつもりなのかも恐ろしい。


エリックに逆らってまでフローラを引き止めるのは、この後のローズマリー家の将来にいい影響をあたえるだろうか。


打算と権力に頭の中がぐるぐるとする。


「そろそろダンスの時間か。いかんな」

時計を見て、エリックが苛立たしそうにダンテを見る。


「急いでくれ、公爵殿。パーティにてレナンを待たせているのだ、他の男に誘われる前に戻らねばならない」

エリックが王太子妃を溺愛し、嫉妬深いのは皆が知っている事だ。


急かされ、ダンテは観念してサインを入れていく。


これ以上不敬を買うとどうなるかと、権力に屈した。


書類が出来、エリックはそれを確認する。


「確かにこれで無事にフローラ嬢は自由だ。どこへでも行ける」

力なくうなだれるダンテを置いて、皆が部屋を出た。






「お元気で」

悲しそうな表情のライカに後ろ髪を惹かれつつ、フローラは満面の笑顔を心掛ける。


卒業パーティには出ることなく出立すると決めていた、急いで地盤を固めなくてはいけないので忙しい。


まずは別なところに移り、住む場所を確保しなければ。


近すぎては皆に甘えてしまいそうになるし、自分の力で生きていくと決めたのだから、フローラを知らない場所にて再出発したいと考えていた。


それに気になる人が他の女性と一緒に居る姿を間近で見るのは、辛すぎる。


「ライカも、元気で!」

マオさんとお幸せに。


心の中でそう呟き、道が分かたれたのを感じた。


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