決別

フローラは家を出る決意をし、その旨をミューズに相談する。


「冒険者として生きていくわ」


「そうなのね……フローラが良ければ、騎士としての道もあるわ。王家に仕える姿を見たら、きっとあなたのお父様だって認めてくれると思うけど」

ミューズはフローラの決めたことを尊重したいという気持ちと、王都から出ていくのを引き止めたい気持ちがある。


フローラは丁寧に誘いを断った。


「ずっと決められた道ばかりだったから、今度は自由な生き方をしたいの」

それに騎士になってライカとマオの親密な様子を間近で見るのは嫌だった。


まったくの誤解ではあるのだが。


「自由……そうね、あなたの人生だもの」

通信石を通しての会話だが、ミューズが心配してくれているのが、表情込みで想像出来る。


「ごめんなさい、折角誘って頂いたのに」


「ううん、強制したくないもの。あなたの好きなようにしていいのよ。でも、これだけは覚えていてね。これからも私達は必ず力になるから、困った時でもそうじゃない時でも、いつでも遠慮なく言って頂戴。私、フローラの為になりたい」

力強く言われたその言葉、きっと通信石の向こうでガッツポーズしてるのが、頭に思い浮かばれる。


「ありがとね、ミューズ様」

優しい友人に、フローラは笑顔になった。


家を出る。


決行は卒業式後だ。


父たちに思いの丈をぶつけ、ローズマリー家の籍から自分の名を抹消してもらおう。









学園の卒業式には卒業生の両親なども顔を出す、フローラの父親も例外なく来ていた。


その姿を見て、フローラは緊張したが、今更止める気もない。


無事に式が終わり、パーティへの移行となる。


学生としての最後の楽しみだ。


これ以降は社会人として皆責任ある立場となる。


帰る前にとダンテがフローラに話し掛けにきた。


いよいよ伝えねば。

「お父様、大事なお話があります」

娘の言葉に、怪訝そうだ。


許可を得て借りた応接室にて、フローラと父ダンテは向かい合った。


「私は結婚をしません」

きっぱりというフローラはダンテが出したはずの婚姻の書類を差し出す。


フローラが書いたサイン二重線が引かれ、無効となっていたのだ。


「これは、お前が差し止めたのか?」

娘のしたことにダンテは驚いている。


国に提出した書類だ、なぜフローラが持っているのか分からなかった。


「もう言いなりにはなりません。私は自由になりたいのです」

フローラの言葉にダンテは深く、そして呆れのため息をついた。


「何を言う、箱入りのお前がどうやって生きていくというのだ。大人しく婚姻を結び、当主に従い尽くすことがお前の幸せだ。自由などと馬鹿馬鹿しい、大体どうやって生きていくつもりだ」


「それはこの剣で、です」

ライカが大事に手入れしていてくれた剣を取り出す。


「私は冒険者となって、人に頼らない生き方をしたいのです。もう男性に振り回される生き方はこりごりですから」

目を閉じると元婚約者とその恋人が映る。


思えばあの婚約破棄がきっかけであった。


「馬鹿を言うのも大概にしろ、育てた恩を忘れたか? 家を出るというならば今までお前にかかった教育費用や養育費用を返してもらうぞ」

ダンテの言い分にフローラはぐっと言葉を飲み込む。


「そうでなければ家を出るなど許さん。これも、新たに書いてもらうぞ」

婚姻の書類を突きつけられ、フローラは怯む。


その時ノックの音と共にライカが入室する。


「貴様は?!」

入室の許可もなく入ったライカが婚姻の書類を奪い取る。


「フローラ様にこのような押し付けは止めて頂きたい」

ボッという音と共に書類が燃え上がり、あっという間に灰になった。


「何という事を! 部外者の分際で」

ダンテが拳を握りわなわなと震えている。


「部外者ではないので。俺はフローラ様の剣の指導と護衛を任されています」

フローラを背中に庇い、ライカはダンテを睨みつけた。


「教育費用? 養育費? あんた、フローラ様の婚約破棄の慰謝料横取りしただろうが。それなのにまだ足りないっていうのか。実の子どもから金巻き上げるなんて、糞な父親だな」

いかにも柄が悪い口調でライカはダンテを見下している。


「横取りなど、あれは家同士の繋がりが途切れたから発生した慰謝料だ。フローラのものではない」


「じゃあ何故婚約解消にした? フローラ様に何の落ち度があったというんだ、彼女は被害者だ。事業を貰う代わりに娘に瑕疵をつけるなんて、それでも親か?」

青筋立てて怒るライカに、ダンテも引かない。


「フローラはローズマリー家の者だ、当主がどう扱おうと、よそ者には関係ない!」


「んなわけねぇだろうが!」

ガンッと硬い音と重い音が響き、応接室のテーブルが蹴り飛ばされる。


それはダンテの横を過ぎ去り、壁にぶつかってけたたましい音を立てて壊れた。


ライカの脚力にフローラは目を見張り、ダンテの顔からは血の気が引いた。


「おっさん、子どもは親の所有物じゃねんだぞ?」

ライカが苛立たし気に舌打ちする。


「貴族には貴族の考えがあるのは知っているが、しかしそれを強要する相手を間違えたな」

ライカが懐から書類を出した。


「フローラ様と縁を切れ。それで許してやる」

ローズマリー家からフローラの籍を抜く書類だ。


これに当主のサインをもらえれば、あとは国に提出して終いだ。


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