そして現在

そしてライカ達はアドガルムへと移住した。


慣れない土地、慣れない生活に疲弊するものの、信じるものの為に頑張ろうと努力した。


やがて国王アルフレッドより、護衛騎士を任命される。


「これからはカリオスの家名と子爵の爵位を授ける。アドガルムの貴族の一員として、また騎士としてこれからは王族の護衛に努めよ。これからは特に気を引き締めて、仕事に励むのだぞ」


「「はっ!」」

二人は跪き、その言葉の重みをしっかりと胸に刻む。


主のティタンに仕え、始終鍛錬を積み、二コラを暗殺者に見立て、護衛というのはどういうことかと研鑽した。


そして今尚ティタンに仕えさせてもらっている。


その嬉しさを、ライカは噛み締めていた。






「こんな経緯です。あなたのように綺麗な経歴はお持ちではないので、文字に起こすことが憚られました」

ライカは静かに話を終えた。


フローラは何も言わず、綺麗な唇はきゅっと結ばれている。


(ドン引きかな。俺達は亡命者だもんな)

ただの移住ではない、逃げるようにアドガルムに来たのだ、今更シェスタに行く気もここを離れる気もない。


故郷はもはやここだ、ここが帰る場所だ。


でもそこに、好きな人がいてくれたらもっと嬉しい。


皆を見ていると愛する人と一緒にいるととても幸せそうに見え、羨ましく思えた。


一人でいいと思っていたライカだが、自分もそんな存在が欲しいと自然と思えた。


だから今度は諦めない。


「私はライカ様のように辛い思いはしていません」

フローラは泣き出しそうに瞳を潤ませていた。


「なのに簡単に放り出してしまった。自分が恥ずかしい」

ライカに比べると自分の嫌なことなど何と矮小だったのかと、申し訳なくて仕方ない。


フローラは拷問を受けたことも、犯罪者扱いもされたことがない。


そんな辛い事をライカは乗り越えてきたのに、自分と来たら甘い考えしかなかった。


「フローラ様、あなたの苦しみはあなたの苦しみで、俺の受けたものとは確かに違います。でもそれは比べるものではない」

ライカはフローラの肩をそっと包む。


「あなたが苦しかった、辛かったのは事実です。恥ずかしいなんてことはない、あのままあの家にいたら、フローラ様の心がどうなっていたか、それが心配だった」

恐る恐るライカはフローラを抱きしめる。


拒まれなかったことに安堵し、ライカは言葉を続けた。


「どちらが上か下かではない、苦しさを感じた事が問題です。確かに苦しかったのだと受け入れて、否定しないでください。気持ちに蓋をしてはいけない」

不満は溜め込めば、いずれ爆発し、心を傷つけてしまう。


「俺はここに来て再び取り戻せました、人を信じることの大切さ、そして信じられることの喜びを。ですからフローラ様」

緊張で変な汗が背中を伝う。


手にも汗をかき、指先が妙に冷たくなってきた。


「俺を信じて一緒にいてくださいませんか? 支えます、大事にします、何でもしますから側にいてください」

精一杯の言葉だ。


「何故私を?」


「好きだからです。真っすぐなあなたが好きです、その凛々しい眼差しをずっと見ていたい、剣を持った時の芯の通った美しさも素敵です」

ライカは深く息を吐いた。


「何よりあなたは初めて会った時から俺を怖がったりしなかった。俺の外見に拘らず話しかけてくれたことが嬉しかった」

口調や態度、顔つきでライカは特に女性から一線置かれる。


ルドとの対比もあるし、本人も人を寄せ付けないようにしている節があるから仕方ない。


人を信じないと心を閉ざしていたから尚更だ。


「私はそんな高尚な女じゃないのですが」

困ったようにいうフローラだが、その手をライカの背中に回す。


「でも嬉しい。こうして求められたり、褒められるなんて初めてです。もっと甘えてもいいですか?」


「勿論です」

抱きしめる腕に力を込めた。


「では頭を撫でてください」

ライカは言われるままフローラを撫でる。


「こうして甘える事なんてしたことなかったです」

思った以上に心地良い感覚に笑みが溢れる。


「いいのです、遠慮しないで下さいね」

優しく慈しむように撫でる。


「何だか恥ずかしいわ、普段こんなことしたことないから」

シャンプーの良い香りにライカは目を細める。


「とても可愛らしいですよ、自信を持ってください」

ライカの撫でる手を止め、フローラはじっとその手を見つめる。


「とても大きいのね」

すりっと頬を寄せるとざらざらした感触だ。


そしてとても硬い。


「ボロボロの手で、すみません」


「いいえ、綺麗よ。とっても」

一生懸命鍛えた手は昔よりも硬い気がする。


自分の手など、この努力にはまだまだ追いつけない。


「ライカ様の好きなものは?」

もっと彼のことが知りたい、過去の事も普通の事も、何でもだ。


「フローラ様です」

素で答えてしまったライカは言ってから違うのだと気がつく。


たちまちお互いに真っ赤になる。


「そうじゃないですね! 失礼しました」

どうやら舞い上がりすぎて駄目なようだ。


「すみません……」

赤くなる顔を隠すしか出来ない。


「いえ、嬉しいです。私もライカ様をお慕いしています」

話の流れでようやっとフローラも自身の気持ちを伝えることが出来た。


直接的な返事にライカは顔を上げた。


「本当、ですか? 俺でいいですか?」

確かめるように問い詰めてくるライカにこくりと頷く。


「寧ろあなたがいいです。いつも私に優しくしてくれてありがとうございます。これからは少しでもあなたに受けた恩を返していきたいですわ」


「そんなの、フローラ様が側にいてくれればそれだけでいいのですから、気にしないで下さい」


「私が気にします。それに側にいられて嬉しいのは、私も一緒よ」

照れ臭そうにそういうのがまた可愛い。


ライカは高鳴る胸を抑え、俯いてしまう。


今になってやっと主や兄の気持ちがわかった気がする。


お互いの想いが数年越しに通じて、二人は幸せな気持ちで夜を過ごした。




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