ライカの想い

最初に会ったのはただの付き添いとしてだ。


祖国を離れ、ティタンの護衛騎士として腕を磨いていたライカはずっとこの仕事をしていた。

時にはティタンに付き添い魔獣退治もする。



もともと祖国ではそういう訓練もしていたから、苦ではない。


剣を振るわねば死んでしまうくらい、物心ついた時から剣は身近であった。



ティタンの護衛として学園に一緒にいくようになった。

ルドと交代でミューズの護衛も行ううちに、フローラが剣に興味を持っていると知った。


貴族の女性からそう言われるのは珍しい。

少しだけ興味が湧いた。


お試しで筋トレを教えると真面目にしっかりやってくれたようだ。


冷やかしでもお世辞でもなかった事に更に嬉しくなる。


いつしか気になる存在として、目が離せなかった。


だが、婚約者もいるし、そもそも自分など歯牙にもかけていない。


黙って護衛の仕事に徹せねばと思った。




そんな矢先にフローラの婚約解消と、「剣の道を極める」、という言葉。


応援してあげたいと思った。


最初に持ちかけられたのはルドだったが、少々困っていた。


「俺は想い人がいて、未婚の女性相手は遠慮したいな。誤解を与えては嫌だから」


ルドがミューズの屋敷の侍女に惚れているのは知っていたから、ルドからも頼まれ、ライカは快諾した。


断る理由がないどころか、有り難い申出だ。


緊張と嬉しさがあったが、側でこうして見守れるのは有り難かった。


指導を行うにあたり、方向性を決めたくて何のために剣を持つかと聞けば、冒険者になりたいと言われた。


騎士になりたいと言うかと思いきや、少々意外だった。


このような生粋の貴族の令嬢が、あんな荒くれ者の多い冒険者としてやってけるだろうか。


心配ではあるが、それが望みなら少しでも懸念を減らせるように尽力したい。


それしかライカに出来ることはないのだから。



なので、武器屋では生存率を上げる装備を整えた。


盾はぜひ覚えてもらいたい。

守備が上がれば怪我も減らせる。


今はまだそれなりの物しか用意出来ないが、フローラが巣立つ時は良いものを用意してあげよう。


今のうちに武器屋に依頼しておかねば。



こっそりと店主とそんな話をして外に出れば、何やら絡まれる。




フローラの元婚約者と泥棒女だ。



せめて手順をしっかり踏めばまだ違ったものの、略奪愛は頂けない。


仮に仕方なかったとしても、この勝手な言い分は何事か…。


(大人しくしていたら見逃したのに)

思わず剣に手を掛けていたら、察したフローラに止められ、そして走り出した。


唐突で驚いたが、力強く握られた手は心地いい。


鍛えているとは言え柔らかい。


女性の手というのはこうも小さいのだなと何だか感慨深かった。


ある程度走り、二人が追ってきてないのを見てフローラはホッとしていた。



「ライカ様、二人を斬ろうとしてませんでした?」


確認のためになのかそう聞かれ、

「いいえ、脅しただけです」

と答えたが、些か表情に出たようだ。

フローラが疑わしい顔をこちらに向けている。


「それにしても迷惑な二人、もう来ないといいのだけど…」

ようやくフローラの呼吸が整ってきたのを見て、頃合いを見て話しかける。


幸せだが、やはり長くはまずいだろう。


婚約者でもないたかが護衛風情がしてていい事ではない。




フローラにまだ手はつないだままだと告げれば慌てて離してくれる。


名残惜しいが仕方ない。


「ごめんなさいっ!」


フローラは何回も謝罪をしてくれるが、迷惑だとは思わない。

寧ろ許されるのならもう少し繋いでいたかった。



自分で離すように促したのに、理性と感情が相反してしまう。



(どうすればもう一度つなげるものか……)


マオとチェルシーに教えてもらった情報を利用しようと考えた。



握られていた手をじっと見た後、再びその手をフローラに差し出す。


「えっ…?」

「余計な者に会って、お疲れでしょう。甘いものでも食べに行きませんか?マオとチェルシーに紹介されたお店があるんです。よかったら案内します」


賭けではある。


フローラが突っぱねればそれで終わりだ。


否定されたら大人しく引き下がればいい。


もともと恋愛感情などフローラは抱いていない。


男性として意識してもらえれば、それだけでもいい。



フローラは肯定でも否定でもなく、止まってしまった。



「甘いものは嫌いですか?」

店のチョイスを間違えたか?

しかし甘いものが好きと聞いていたのだが……


「いえ、そんなことはないですが」

どうやら迷っているようだ


手と顔を交互に見つめる彼女の様子に、少なくとも即拒否される程嫌われてはいないのだと安堵する。


「行きましょう」

勇気をもって再度促すとフローラは恐る恐る手を握ってくれる。。




「ライカ様の婚約者様に悪いです…」


そんなことを言われるとは思ってなかった。

しかしこの年でまだ婚約者すらいない方が稀であろうか。


「伝えておけばよかったですね。俺にそういう人はいません」

言わないことで余計な心配を与えていたようで申し訳ない。



「そうなのですか?」

驚く顔に何とも言えない心地になる。


「俺はルドと違って優しくないし、顔が怖いと言われますので」

性格も顔も難有りな自分、そして爵位があるわけではない。


今のところルドの弟だから貴族に名を連ねているが、いつかルドが結婚する頃には独立となるだろう。


その頃には魔獣退治の、功績から爵位を賜ることも出来る。




「私が言うのも何ですが、ライカ様ならきっといつかいい人が見つかりますわ」


ありがたい言葉を貰える。

このように優しい言葉をかけてくれる貴族女性は少ないので嬉しいものだ。


マオとチェルシーはライカをからかうことしかしない。




「ありがとうございます。ですが、こんなに短気な男を好く人など現れませんよ」

今までもなかったし、これからもない。


我ながら悲しく思う。


「いえいえ、確かに怒りっぽいかもしれませんが、それはライカ様が優しいからですわ」


「優しい?」

俺が?

言われ慣れてない単語だ。



「少なくとも先程の事で言えば、私の為に怒ってくれましたよね?ライカ様はとても優しくて、そして短気というのは感情や行動にすぐ移せるってことですもの。悪い事ばかりではないですわ」


「そう、でしょうか…?」

「えぇ、だから大丈夫です」


そう言われれば悪い気もしない。

頬が少し緩んでしまう。


「ありがとうございます、元気でました」


出来ればフローラに選んでもらいたい。






そんな想いはまだ胸の奥にしまっておこう。









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