第70話 頼られてる?

 幸い、相手はすぐに出てくれたので、そこから更に伝言してもらう。


 それを待ってる間、俺は葉月の手を握りながら、片手でスマホを操作する。


 ひたすらに小説を書いて、気を紛らわせようとする。


 でないと、変な気分になってしまいそうだから。


 ……我ながら最低だな。






 その後、二時間くらい経つと……玄関から音が聞こえる。


 ガタガタと、慌てた様子だ。


「ゆ、結衣……!」


「由香里さん、まだ寝てますので」


「野崎君……本当に、ありがとうございます。小百合さんから、連絡が来て……お姉さんに連絡してくれて、本当に助かったわ」


 そう言い、俺に対して、しっかりとお辞儀をしてくる。


 俺はすぐに姉貴に連絡を取り、そこから由香里さんに知らせてもらったってわけだ。


 多分、葉月のことだから、迷惑になると思って連絡してないと思ったから、


 ほんと、姉貴が連絡先を交換してて助かったよ。


「い、いえ、大したことはできませんでしたから」


 ほんとは汗とか拭いた方がいいんだろうけど、そんなことは色々な意味でできないし。


 俺がしてたことといえば、ずっと手を握っていたことくらいだ。


「そんなことないわ。こうして、結衣を優しく見守っていてくれたんだもの。それだけで、結衣は安心しただろうし。私自身、帰ってくるまで安心だったわ」


「そ、そうですか……なら良かったです」


「ふふ、とっても紳士さんみたいだしね?」


「へっ? い、いや、あの、その……勘弁してください」


「あらあら、ごめんなさい」


「んっ……」


 葉月が身じろぎをする。


「起こしちゃダメよね。とりあえず、リビングに来てくれる?」


「はい、わかりました」


 俺は葉月の手を優しく置き、寝室を出てリビングに案内される。






 ひとまずテーブルに座り、由香里さんと話をする。


「改めて、本当にありがとうございます」


「いや、本当に大したことしてないので。ゼリーを食べさせたくらいですし。あと、緊急とはいえ勝手に上がってしまい申し訳ありません」


「まあ、貴方の身元は知ってるから良しとします。あと、そんなことないわ。あの子が人を頼ることなんか、滅多にないもの。あの子は甘えるのが下手だから。いつも、我慢しちゃうのよね……私のせいで」


……ほんと、姉貴と会わせておいて良かった。


そうじゃないと、信用が得られなかったかも。


「甘えるのが下手……そうかもしれないですね」


 俺が奢ろうとしても、頑なに断ろうとするし。


 何かにつけて気を使いがちだし、対価を支払おうとする。


「うちには父親がいないから、あの子に負担をかけてしまって……その結果、あの子は甘えられない子に……ほんと、親失格ね」


「……」


 こういう時、どんなことを言えば良いんだろう?


 こんなんだから、俺はダメなんだろうな……気の利いた言葉が出てこない。


「ごめんなさい、こんな話をされても困るわよね。とにかく、貴方には甘えられるみたいで安心したわ」


「えっ? そうですか?」


「そりゃ、そうよ。私が仕事してるとか、祖父母が出かけているとかあるけど、最初に連絡したのは貴方だもの。それに、いくら寝ぼけているからって、あんな姿で男の子の前に出る子じゃないわ。きっと、貴方のことを信頼してるのよ」


「……そうだったら嬉しいです」


「ふふ、きっとそうよ。引き止めてしまってごめんなさいね。風邪が感染る前に帰りましょう。きちんと手洗いうがいをしてね?」


「はい、わかりました」


 その後精算を済ませ、俺は葉月の家を出る。


 その帰り道、由香里さんの言葉が耳から離れない。


「……甘えるのが下手か」


 葉月がどう思ってるかわからないけど、俺は葉月に色々なものを貰ってる。


 出会いは最悪だったけど……。


 小説を書くためのラブコメイベントだけじゃなくて、学校生活自体が楽しくなった。


 和也君と仲良くなったのだって、ある意味で葉月のおかげだ。


 俺が嫌悪していた人達にも、それぞれ悩みとか良さがあることに気づけた。


 葉月は俺に負い目を感じてるみたいだけど、そんなことはない。


 俺は、十分すぎるくらい貰っている。


「俺はヘタレだし、コミュ障だ」


 それでも、葉月が遠慮するなら……俺が頑張るしかない。

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