第44話 イベント?

 別に誰に会うわけでもないので、下はジャージ、上はTシャツと薄手のパーカだけ羽織って玄関に向かうと……。


「あら、珍しい……どっか行くの? 葉月ちゃん?」


 お昼寝をしていた姉貴が、リビングから出てくる。


「いや、電話はしたけど用事あるって。ただ、気分転換でもしてこようかと」


「電話できたのね、偉い偉い。まあ、いい傾向じゃない、アンタが自分から出かけるなんて。それじゃ、いってらっしゃい」


「わかった、行ってくる」


 姉貴に見送られ、俺は外に出る。



 自転車に乗り、駅前の本屋に向かう。


 そして店に入ると……とある人物が目に入る。


「あれって……佐々木って人?」


 俺を助けてくれた佐々木って人が、もの凄い形相で本棚を睨んでいる。


 どうしたんだろ? 困っているようにも見えるし……声をかけてみるか?


 葉月との電話で気分が上がっていた俺は、勇気を出して声をかけにいく。


 俺自身も変わっていかないと。


「あ、あの……」


「あん? ……おめーは」


「の、野崎です。以前はありがとうございました」


「良いってよ。あんなのは気まぐれだ。次も助けると思ってんじゃねえぞ?」


「ええ、それはわかってます」


「……そうかよ、なら良い」


「えっと……な、何か困ってたりしますか? お礼ってわけじゃないですけど……」


「……とある漫画を探してる」


「その題名とかはわかりますか?」


「ぐっ……暁のナナだ」


「へっ?」


 それは、有名な戦記モノの少女漫画だった。


「お、俺じゃないからな!? い、妹が誕生日で欲しがってんだよ」


「なるほど……まあ、あれは面白いですし」


「言っておくが、俺は少女漫画を見る奴を馬鹿にするつもりはない。ただ、あれだ……探すのも買うのも恥ずかしいんだよ」


 その姿に、何やら親近感を覚える。


 俺も最初の頃は、そういうの買うのは恥ずかしかったし。


「じゃあ、パソコンとかでネット注文とかすれば良いんじゃないかな?」


「うちには、そんな上等なもんはない。あと、俺は機械に弱いし……それに、本屋で新品を買うのが筋だろうが」


「じゃあ、俺が買ってくるよ」


 最後の台詞に心を惹かれ、すぐに即答する。


 もちろん、中古屋やネットで買うのが悪いとは言わない。


 ただ今のは、全本屋さんと出版社さんの願いだ。


「あん?」


「あっ——しまった、タメ口に」


 ちょっと親近感を覚えて、調子に乗ってしまった。


「いや、それはいいって言ったろ。それより、なんて言った?」


「え、えっと……俺が代わりに買ってこようかって」


「いいのか?」


「ああ、別に平気だよ」


 未だに緊張はするけど、この本屋さんは行きつけだし。


「……すまん、頼む。頼まれたのは、一巻から全巻だ」


「わかった。じゃあ、買ってくるよ」


 お金を受け取って俺は店員さんに頼み、全巻を購入する。


 そして、その紙袋とお釣りを彼に渡す。


「いや、マジで助かったぜ。今日一日を、あの本屋で終わらせるところだった」


「はは、それは大袈裟……とは言えない。俺も、最初買うときはそうだったし」


 妙に恥ずかしくなって、店内をウロウロしてたっけ。


「なんだよ、俺より気合い入ってんじゃねえか」


「そ、そうかな?」


「ああ、少なくとも俺は出来なかったしな。あの時の啖呵といい、見た目と違って中々面白い奴だな」


「いや、佐々木……君に言われたくないし」


「ははっ! 違いねえ! さて……このまま帰すのはわりいな。この後は、何か用事あんのか?」


「いや、特にはないよ。夕方までに帰れば平気かな」


「んじゃ、なんか奢ってやるからどっか行こうぜ」


「……わかった」


 少し迷ったけど、ついていくことにする。


 佐々木君は悪い人には見えないし、もしかしたら……友達とかになれるかもしれないし。


 俺も葉月にばっかり頼ってないで、自分から動き出さないと。


 ……そうしないと、好きとかも言える気がしない。







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