第26話 ご褒美

 着替えを済ませたので、帰る準備をする。


「えぇー! もう帰っちゃうのかよ!」


「わたし、遊んでない!」


 どうやら、恵梨香も目が覚めたらしい。


 こういった子供相手なら、緊張することはないから楽ではある。


「もう、わがまま言わないの」


「……別に、明後日連れてきてもいいぞ?」


「えっ? ……それって君のお家ってこと?」


「ああ。もちろん、姉貴に確認はするが……まあ、葉月がいるなら悪さもしないだろうし」


「もちろんよ。そんなことしたら、お尻ペンペンの刑よ」


「ははっ! それは怖いな!」


「むぅ……笑われるのは癪だわ」


「す、すまんすまん」


「に、にいちゃん家行くのか!?」


「わたしも!?」


「ちょっと待ちなさい……本当にいいの?」


「そうすれば、葉月の母親も休めるんじゃないか?」


 おそらく、葉月がいないと母親が面倒をみることになるだろうし。


 あと……流石に、俺の部屋で二人きりは緊張するし。


「そりゃ、ものすごく助かるけど……」


「あと、パンケーキを食べさせるって約束したしな」


 俺は葉月に近づき、二人に気づかれないように耳打ちする。


「あっ、覚えててくれたんだ」


「そのために……ラブコメイベントをしてるわけだし」


「そ、そうよね」


「なんで二人とも顔が赤いんだ? なんの話をしてるんだ?」


「変なのー」


「な、なんでもないわよ! そういうわけだからごちゃごちゃ言わない!」


「「はーい」」


「というわけだから、安心するといい。明後日の土曜日に、お姉ちゃんと遊びにきな」


「やったぁ!」


「わぁーい!」


 二人が喜び、廊下の中を走り回る。


 その間に、靴をはいて玄関から出る。


「もう、調子がいいんだから」


「まあ、気持ちはわかる……んじゃ、帰るわ」


「うん、わかった……本当にありがとね」


「別にいいさ。葉月には借りがいっぱいあるからな」


「そうかな? 私の方がもらってばかりな気がする……妹に怪我なくて本当に良かったし、弟があんなに楽しそうなの久々に見たし。やっぱり、男の子なんだよね……」


「たまになら相手するよ」


「……じゃあ、お礼しないとね」


「いや、良いって。それじゃあな」


「あっ、待って」


「どうし——っ!!」


 俺が振り返ると、葉月が一瞬で近づき……すぐに去る。


 ……俺の頬に何やら柔らかな感触が残っている。


「……へっ?」


「……さ、先払いだし……じゃ、じゃあね!」


 顔を赤くした葉月が、家の中へと慌ただしく戻っていく。


「ほ、ほっぺにチューだと?」


 こ、これが伝説の!?


 くそぉぉ……! 突然すぎて感触を覚えてない! もったいない!


 とりあえず言えるのは……悪くない気分だった。


 うん……今なら、良い小説が書けそうだ。






 その後、家に帰宅して家事をしていると、姉貴が帰ってくる。


「姉貴、お帰り」


「ただいまー……あれ? まだ家事をやってるの?」


「いや、今日は色々あって……少し話があるんだが」


「ふーん、珍しいわね。わかった、急いで晩御飯作るから待ってなさい」


「わかった。俺も掃除洗濯終わらせるよ」


 そして、俺が家事を終わらせるタイミングで姉貴の声がした。


 なので、リビングに向かい席に着く。


「ほら、食べましょう」


「うん、いただきます」


「どうぞ召し上がれ」


 豆腐とネギとわかめの味噌汁と、生姜焼きを食べる。


 相変わらず、ささっと作るけど美味い。


 当たり前に頂いてるけど、そうじゃないんだよな。


 姉貴が若い頃から色々と積み上げてきたから……。


「……美味いよ」


「なに、急に……変なものでも食った?」


「食ってないし……たまには礼を言わないといけないかなって」


 今日の葉月を見て思った。


 いや、改めて思い出したと言った方が正しいか。


 姉貴も、あんな風にして俺を育ててくれたことを。


 そして、それを恩に着せたことがないことを。


 なのに、俺は感謝の言葉をあまり言ってない気がする。


 俺自身がそういう小説を書いてるのに、本人が恥ずかしいから言わないとかダサすぎる。


「そう……ふふ、ありがとう」


「そ、それでさ! 相談なんだけど……」


「そういえば言ってたわね。アンタが珍しい事言うから忘れてたわよ」


「もう忘れていいし……んで、相談なんだけど」


「まあ、まずは食べてからにしましょう 」


「それもそっか」


 俺はいつもより、ゆっくりと食事をするのだった。


 これを、当たり前に食べられることに感謝をして。




 食べ終わったので、今日の出来事を姉貴に説明する。


「なるほど……偉かったわね」


「別に普通だし」


「ううん、そんなことないわよ。弟がそういう子に育ってくれて、お姉ちゃんは嬉しいわ」


「やめい、頭を撫でるな」


「いいじゃない、アンタが素直な日なんか珍しいんだから。それに、こうして色々話してくれるのもね」


「……悪かったよ」


 最近の俺は、気がつけば小説のことばかりだった。


 会話もしないし、適当にご飯を食べたり……。


 そんなんじゃ、良い小説が書けるわけがない。


「まあ、思春期だからそんなもんかと思ってたけどね。で、連れてくる件だけど全然良いわよ」


「じゃあ、葉月に伝えとく」


「ふふ、楽しみなさいね。せっかくの高校生なんだから」


 その言葉には含蓄がある。


 姉貴は、俺のせいで大変だったろうから。


「……うん、そうするよ」


「うむ、素直でよろしい。あと、アンタは楽しんで良いのよ。アンタが陰キャなのもあるけど、私に気を使ってる部分はあるでしょ?」


「……まあ」


 俺が楽しんでいいのかって思うことはある。


「いいのよ、楽しんで。あと、たまには家事をサボっても。アンタが楽しければ……お姉ちゃんは嬉しいから」


「……わかった」


 そっか……俺も、少しは動いてみるかな。


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