第25話 葉月の家

 ……なんで、俺は葉月の家で裸になってんだ?


「冷静になって考えてみるとおかしいよな?」


 シャワーを浴びながら、今更そんなことを思う。


「……この風呂って、葉月も入ってるんだよな?」


 いつも、ここで裸に……。


 ……いやいや! 掃除したって言ってたし!


 というか、他の家族だって入ってるし!


「お、落ち着け……落ち着けるか——ガバババッ!」


 シャワーを全開にして、打たれながら声に出す。


「洋服、ここに置いとくねー!」


「うわっ!?」


「だ、大丈夫!?」


「へ、平気だっ!」


 び、びっくりしたァァァ!


「そ、そう? じゃあ、タオルも置いとくからね!」


「お、おう!」


 これはいかん! さっさと出ないと!


 俺は急いで汚れを落として、風呂から出るのだった。





 用意されていたジャージに着替え、扉を開けると……。


 目の前に、上下スエットの葉月がいる。


「あっ、出てきたね」


 な、なんだ? このドキドキは?


 部屋着だからか? それとも……おっぱいが強調されてるからか?


「どうしたの?」


「い、いや……」


「うんうん、髪も乾いてるね」


 そう言い、自然に俺の頭を触る。


「ちょっ!?」


「あっ——ごめん! つい、弟にするみたいに」


「べ、別にいいから」


 ……俺は弟と同じってことか。


 こっちは、こんなにも心臓の鼓動がうるさいというのに。


 すると、弟さんが駆け寄ってくる。


「なあ! 遊ぼうぜ!」


「うん?」


「もう! お客さんに何言ってるの!」


「良いじゃん! 天馬! 遊ぼうぜ! 男の遊びってやつ!」


 俺は近づき、その頭を軽く小突く。


「イテッ!?」


「俺は歳上だ。せめて、さんをつけろ」


「そうよ、拓也」


「うぅ……天馬さん」


「それでいい。で、何して遊びたいんだ?」


「いいのか!?」


「えっ? 野崎君、無理しなくていいんだよ?」


「いや、無理はしてない。もちろん、内容によるが」


「キャッチボール!」


「ああ、いいぞ。んで、拓也でいいのか?」


「おう!」


 生意気な少年だが、俺には彼の気持ちがわかる気がする。


 俺も父がほとんど家にいなく、遊び相手がいなかった。


 この少年は、この家で唯一の男子だ。


 色々と寂しいだろうな……当時の俺のように。


「ほんと!?」


「ああ、グローブとかあるのか?」


「あ、あるよ! ちょっと待ってて!」


 そう言い、ドタドタと廊下を走っていく。


「こら! 廊下は走らないの! ……全く」


「お姉ちゃんは大変だな?」


「ほんとよ……でも、本当に良かったの? 小説書く時間とかあるんじゃないの?」


「ああ、大丈夫だよ。帰ったら書くことにする」


「……ありがとう。じゃあ、その間に乾燥機回しちゃうね」


「ああ、その間適当に遊んでおくよ」





 グローブを二つ用意した拓也と一緒に外に出る。


 この周りには車通りが少ないので、注意すれば平気そうだ。


「軽くでいいからな」


「えいっ!」


 投げられたボールをキャッチする。


 そして、それを投げ返す。


「わわっ!?」


「強いか?」


「へ、平気だし!」


 それをひたすら続ける。


 これくらいなら俺の運動神経でもどうにかなる。


 ただし……体力はない。


 そして、これ以上やると筋肉痛で書けなくなりそうだ。


「こ、この辺にしよう」


「天馬さんは、姉ちゃんの友達なのか!?」


「……多分な」


「んじゃ、またうちに来るのか!?」


「いや、それは葉月……拓也のお姉さん次第だな」


「えぇー!? じゃあ、俺から結衣ねえに頼んでおくから! ……こういう遊びって、あんまりしたことないんだ。放課後はなるべく家に帰りなさいって言われてるし……女の子は怪我させちゃいけないからって」


 ……めんどくさいが、気持ちがわかってしまう。


 俺も姉貴とそういう遊びをしようとしたら、父さんに止められたっけ。


「じゃあ、たまにならな」


「ほんとか!?」


「ああ、約束する」


「わぁーい! ありがとう! にいちゃん!」


「にいちゃん……ね」


「あっ……だ、だめか?」


「いや、いいさ」


 自分でもよくわからないが、その言葉を言われた瞬間、何やらほっこりした。


 もしかしたら……俺が末っ子だったからかも。


 そういや、昔……昔は弟や妹がほしいって、よく泣いていたっけな。


「野崎くーん! 乾いたよー!」


「おっ、そうか」


「に、にいちゃん、帰っちゃうのか?」


「まあ、そうだな。俺も家の家事があるし」


「そ、そっか……」


「なになに? どういうこと? なんでにいちゃんなの?」


「いや、そう呼びたいらしい」


「に、にいちゃんだぜ!」


「……ふふ、良かったわね」


「お、俺はグローブ片付けてくる!」


 拓也が駆け出し、先に家の中に入る。


「あらら、照れちゃって」


「まあ、可愛いもんだろ」


「ほんと、意外だし。面倒見もいいなんて」


「面倒見がいいというか……自分がされて嬉しかったであろうことをしてるだけだよ。俺も、遊び相手がいなくてつまらなかったし。幸い、俺は本やゲームがあったけど」


 中々、友達と遊ぶ時間も取れなく……もともと、友達いなかったわ。


 ……悲しみ。


「そっか……君は人の痛みがわかるんだね」


「そんなたいそうなものじゃない」


「ううん、そんなことないよ。だから、君の小説は……優しいんだね」


「……優しい?」


「うん……こう、じんわりするっていうか……ほっこりする感じ」


「そ、そうか……」


 なんだこれ!? めちゃくちゃ恥ずいぞ!?


「家族愛とか、書いてある作品が多いよね?」


「まあ……否定は出来ない。小説っていうのは、ある種の願望を書いてる面もある」


 もう、俺の家族が揃うことはない。


 だから、そういう物語を書く。


「私はきっと……その辺りに共感したのかもしれないね。いいなってと思う部分もあるけど……読んでて、あったかい気持ちになるし」


「………だと嬉しいが」


「あっ、つい話し込んじゃった。じゃあ、家にはいろ?」


「ああ……」


 あぶねえ……危うく泣きそうになるところだった。


 先ほどの言葉、それは俺……作者にとって、一番嬉しい言葉の一つだったから。



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