第23話 別イベント発生

 ……その後、歩きながら色々な話をする。


 お互いの家族構成や、その内情など。


「そっか、お父さんが単身赴任なんだ」


「ああ、だから姉貴と二人暮らしみたいなもんだよ。料理は姉貴がやってそれ以外を俺がやる感じ」


「うちはお母さんが働いてて、弟と妹を面倒を見ている感じかな。家事については、基本的なことはやってるかも」


「……偉いな」


「へっ?」


「いや、偉そうなこと言えないけど……偉いなって。俺は料理はできないし、家事だって得意とは言えない」


「あ、ありがとぅ……」


「い、いや、別に。俺は姉貴に世話になったから、世話を受けた身として……その姉である葉月を偉いなって思っただけだ」


「そっか……だから、わかってくれたんだ」


「うん? 何をわかったんだ?」


「ううん! なんでもない! ほらいこ!」


 その瞬間、ぎゅっと腕にしがみつかれる。


「わかったから押し付けるなァァァ!」


「ふふ——触ってみる?」


「な、なっ……」


「ぷぷ、顔真っ赤だし」


「ぐぬぬっ……! 純情な少年を弄びやがって!」


 やっぱり、葉月にとってはなんてことないことなのだろう。


 俺は、こんなにも戸惑っているというのに。


「……なんてことないことないし」


「あん? また何か言ったか?」


「言ってないし! 速く歩くし!」


「待て待て!」


 おっぱいを押し付けられながら、雨の降る中歩いていく。


 ……えっ? どうですかって? ……最高デスゥゥゥゥ!!






 その後、無事に幼稚園の入り口までたどり着く。


 その頃には、雨が止んでいた。


 なので傘をたたんで、葉月に確認する。


「どうだ? 道順は覚えたか?」


「うん、ありがとう。いつもより五分くらい早い。ほんと、めちゃくちゃ助かるし」


「そっか。なら良かったよ。んじゃ、俺はこれで」


「うん、本当にあり」


「お姉ちゃんだっ! あっ!誰かといる!」


「恵梨香!? 長靴で走っちゃダメよ!」


 その瞬間、俺は傘を葉月に渡して走り出す!


「えっ?」


「わあっ!?」


「くっ!」


 ……間に合ったか……まあ、俺の制服はびちゃびちゃだけど。


 俺は転びそうになった女の子を受け止める形で、下敷きになった状態だ。


「野崎君!?」


「へ、平気だ」


「ふぇぇ〜ん!」


「はいはい、びっくりしたな。よしよし、大丈夫だ」


「うぅー」


 すると、先生と思わしき人が駆け寄ってくる。


「す、すみませんでした! 一瞬、目を離した隙に……」


「い、いえ! こちらこそご迷惑をかけてすみません!」


「俺なら平気なので、お仕事に戻って大丈夫ですよ」


「で、でも……」


「怪我もないし大丈夫ですから」


「私も平気です。というか、恵梨香が悪いので」


「……そ、それでは失礼いたします」


 保母さんが去った後、俺は女の子が汚れないようにたち上がる。


「平気だったか?」


「う、うんっ!」


「こら、うんじゃないし。こういう時は、なんて言うか教えたでしょ?」


「ご、ごめんなしゃい! 助けてくれてありがとうございます!」


「よく言えたわね。野崎君、本当にありがとう」


「いや、怪我がないならいいよ」


「………」


 なんだ? 葉月が、俺を見て固まっている。


「どうした?」


「な、なんでもないし! ……どうしよう? 制服、汚れちゃったね」


「今日も言ったけど、ブレザーなら来週から衣替えだからいいよ」


「いやいや! ズボンも身体もびちゃびちゃじゃん!」


 確かに雨に濡れた地面に倒れ込んだので、割と全身が泥まみれだ。


「まあ、平気だろ。帰ったら洗うさ」


「でも……私たちのせいだし」


「うちに来るの!」


「恵梨香……そうね、それが一番いいかも」


「はい?」


「じゃあ、それで。野崎君、よかったらうちに来てくれる? こっからなら、うちのが近いし」


「いや、悪いからいいよ」


 すると……小さい女の子が服の端を掴んでくる。


 意外と力強く、離す様子はない。


「どうかしたか?」


「おうち来るの……」


 なるほどな……俺が逆の立場でも、同じことを思うか。


「わかった。じゃあ、ついていくよ」


「決まりだね。恵梨香、帰ろっか」


「お兄ちゃんもくる?」


「ああ……なんて呼べば良いんだ?」


「えりかっていいます!」


「まあ、それは聞いてたよ。ちゃん? さんはおかしいか。葉月でもいっか」


「いやいや、私と一緒だし」


「えりかはえりかだよ!」


「……じゃあ、えりかで」


「うんっ!」


「じゃあ、私は……結衣って呼んで?」


 相変わらずの美少女スマイルをお見舞いされる!


 くそぉぉ……可愛いんだよ!


「よ、呼べるか!」


「冗談だし」


「ぐっ……」


「えっと……お兄ちゃんはくるの?」


「ああ、行くから大丈夫だ」


「じゃあ帰る!」


「ふふ、良かったね」


 そう言い微笑む姿は、学校では想像ができない。


 だが、俺が最近見ている表情でもある。


 妹に向ける表情を知っている……もしかして、俺には割と心を許しているのか?


 ……いやいや、気のせいだろ。





 結局、二人に押し切られ………道を歩いていく。


 しかも、なぜが……俺と女の子は手を繋いで、葉月も女の子と繋いでいる。


 まるで、親子のように。


「フンフフーン〜」


「随分とご機嫌じゃん」


「うんっ! こうやって帰るの夢だったの! 他の子達がやってた!」


「……そうよね」


 ……なるほどな。


 その気持ちは、俺にも痛いほどわかる。


 俺も、親父と母さんの間に入りたかったから。





 会話をしつつ、五分くらい歩いていると……。


「うぅ……」


「あらま、眠いのね」


「……ん」


「もう、はしゃぐからよ。もうすぐで着くから我慢しなさい」


「良いよ、寝かしてやれ……よっと」


 ふらふらしている恵梨香ちゃんを、優しく抱き上げる。


「わぁ……抱っこだぁ……」


「寝てて良いぞ」


「……すぅ」


 安心したのか、すぐに寝息をたて始める。


「へ、平気? 重くない?」


「大丈夫だよ。これくらいなら軽いもんだ」


「へぇ……意外と男の子なんだね」


「前も言ったろ。陰キャだからって、ヒョロイとは限らないんだよ。小説書きには、適度な運動は必須だしな」


「そうなの? なんか、部屋に篭ってるイメージだったけど……」


「まあ、そういう人いる。でも、最近は違うかも。歩くことで案が浮かんだり、座りっぱなしだと身体にも悪いし」


「そういうものなんだ。じゃあ、外にお出掛けするのはアリだったりするの?」


「まあ、たまにならな」


「ふーん……ところでさ、運動神経が悪くないのはわかったけど……恵梨香が転ぶ前に動き出したよね? あれって、どうしてわかったの?」


「ああ、あれか。別にわかったわけじゃない。ただ、転ぶかもしれないと思っただけだ……俺がそうだったからな」


「ん? どういうこと?」


「だから……俺も姉貴が迎えに来た時、すっげえ嬉しくて……思わず走り出したんだよ。案の定、盛大に転んでな」


「なーんだ、そういうことね」


「俺は男だから良いけど、女の子なんだから傷が残ったら大変だしな」


「……意外」


「おい?」


「い、いや、優しいっていうのは何となくわかってたけど……小さい女の子の扱いとか、保母さんとかの対応を見てると、陰キャって感じてもないかなって」


「ああ、そういうことか。一対一や少人数なら、割と平気なんだよ。大人数になったり、人に見られてると思うとダメだな」


「ふんふん……そんな感じなんだ」


「割と多いと思うぞ? もしかしたら、一対一で話したらいい面白い奴もいるかもしれないし」


「……君みたいな?」


「いやいや、俺はつまらん人間だよ。だからこそ、面白い小説を書くんだし」


「ううん、そんなことないし。君の小説も面白いけど、君自身も面白いよ」


「……そうか」


 夕陽に染まる中、葉月の笑顔が輝いて見える。


 どうにもむず痒くなり……俺は上を見上げるのだった。



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