第7話 相談
それから、数分後……。
葉月が顔を上げて、俺にスマホを返す。
「ありがとう。うん、面白かったよ」
「そ、そうか」
その可愛らしい笑顔と、慣れない台詞に言葉を詰まらせる。
……くそ、我ながら嫌になる。
これくらいのことで、心臓の鼓動がうるさい。
「正直言って、びっくりした」
「何がだ?」
「同じクラスに小説を書いてる男の子がいるなんて。こういうのって、もっと大人とかが書いてるかと思ってたし」
「別に珍しくもない。ネット小説を書いてる高校生も意外と多いし、プロのラノベ作家でも高校生の人は何人かいるしな」
「そうなの!? ……すごいなぁ」
「まあ、プロになった人は凄いかもしれないな」
「ううん、違うよ。君も充分すごいと思うけど?」
その真っ直ぐな視線に、俺の心が痛む。
褒められるのは嬉しい反面、辛いこともある。
「いや、俺はワナビだから」
「ワナビ?」
「プロを目指しているのになれてないアマチュアって感じかな」
俺は一年くらい書いているが、同時期に書いた人がデビューしたりしてる。
それを見るたびに、ここでも劣等感を感じてしまう。
もちろん、自分が読まれている方だというのはわかってはいるが。
「野崎君は、プロを目指してるってこと?」
「まあ、一応……」
「じゃあ、やっぱりすごいじゃん。そのために書いてるってことでしょ?」
「……そうかな」
「そうだよ! だって、私は面白かったし!」
「……ありがとう」
「私、こういうのは全然知らなくて……だから、面白いとしか言えないんだけど」
「いや、それが一番嬉しいし」
すると、葉月が距離を縮めてくる。
当然ながら、綺麗な顔が近づくわけで……免疫のない俺は慌ててしまう。
「な、なんだよ?」
「ねえ、これの続きは? あと、もっと書けないの?」
「まだ見せれない。誤字脱字や設定を確認してないし。あと……無茶言うなよ」
「なるほど、それはわかったけど……無茶って?」
「あのな、小説一話二千文字書くには一時間かかるんだよ」
「そ、そんなにかかるの!?」
「そうだよ!……それに、なんだって俺の小説なんか読みたいんだよ? 可愛いし、リア充でギャルで、クラスの人気者のくせに……」
それだ、俺がわからないのは。
どうして、こいつは小説を読みたいんだ?
こんなこと言って、ほんとは俺のことを馬鹿にしてるんじゃないか?
これで俺が調子に乗ったところで……罰ゲームでしたとか言われるんじゃないか?
俺の心の中の一人が、そう囁いてくる。
「か、可愛い……?」
「はぁ? そんなの言われ慣れてるだろ?」
「そ、そうね! ……えっと……なんだっけ?」
「だから、ギャルのくせに何で俺の小説を見たいんだよ?」
「どういうこと?」
「ん?」
「別にギャルだってネット小説見たっていいじゃん。何がダメなの?」
「……はっ? 何だ、今流行りのオタクに優しいギャルってやつか?」
だめだ、自分の嫌な部分が出てくる。
こんな言い方、絶対に良くないのに……だから関わりたくないんだ。
どんどん、自分が惨めになって……嫌いになる。
「なにそれ? 別に優しくないけど? 私は君の作品を見て、面白いと思ったから見たいって思っただけ」
「お、おう」
いかん……ニヤニヤするのを止められない。
結局、それが一番嬉しい言葉だから。
「あと、確かにオタクに優しいギャル?はいないかもしれないけど、オタクなギャルはいると思うけど?」
「うん?」
「君に比べたらあれだけど、私だって漫画とか読むし……にわかに見えるかもしれないけど——それじゃダメなの?」
「っ——!?」
……その真っ直ぐな言葉に、俺は言葉を詰まらせる。
そうだ、エンタメが衰退する理由の一つが、オタクによる排他主義だ。
中途半なオタクを許さずに、そいつらを叩く。
本来なら、その人たちを取り込むのが正解なのに。
そうすれば客層は広がり、自分が好きな作品が打ち切りにならなかったりするかもしれない。
昨日、アキトさんも言っていた。
もしかしたら、チャンスかもしれないと。
ネット小説、ひいてはライトノベル小説を知ってもらうことができるかも。
あとで裏切られてもいい……ひとまず、こいつを信じるとしよう。
「それで、どうなの?」
「わかった。とりあえず、明日からまた投稿するから」
「ほんと!? やったぁ! 楽しみにしてるね!」
「ま、待ってくれ!」
そう言い、走り去る彼女を引き留める。
「どうしたの?」
「いや、実は……俺は絶賛スランプ中だ」
「そうなの? 原因はあるの?」
「まあ……あるにはある」
「煮え切らないわね」
「……ラブコメがわからん。読者さんに、ヒロインが人形だと言われた。女性の気持ちとかが、わかってないと。読んでみて、その辺はどうだった?」
「……あぁ、なるほどね……うんうん、少しわかるかも」
「葉月もか?」
「うーん……何がって言われると難しいけど」
「そうか……いや、葉月に聞いたのが悪かった」
そんなに読んだことないんじゃ、無茶な質問だった。
「むぅ……なんかムカつくわね」
「はい?」
「明日まで待ってて!」
そう言い、今度こそ走り去っていく。
ここから、俺と彼女の物語が始まるとは……この時の俺が知る由も無い。
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