第6話 わかっちゃいました!


 今日はとうとう問題となるスキャンダルが出た日だ。たしか午前中の内にネットニュースが載せられていたはずである。昨日の写真を入手して、速攻で朝にネットニュースをつくりあげた週間バクロに感服した覚えがある。


 せいらは目を覚ましたらすぐにスマホでネットニュースを確認する。悪い予感は外れて、一切スキャンダルとなるようなニュースは見つからない。りりの未成年飲酒に関する記事も出ていないようだ。

 

 まず、心配だった、違う写真がスキャンダルの材料として出ることがなかったことに安堵する。


 だが、明らかにおかしいことがある。せいらがタイムリープしたからといって、一年前のりりの飲酒事件はなくならない。なぜ、りりに関するネットニュースも出ていないのだ、とせいらは疑問に思った。


 もちろん考えて分かるようなことじゃない。二度寝をして体力を蓄えた後に、レッスンのために事務所に向かった。安心して眠りすぎてしまい前回よりも遅い時間だ。今回も一番遅い入りだろう。


「昨日は電話すぐ切っちゃってごめんなさい!」


 事務所に入るなり、雪町さなが謝ってきた。


「なら今度は3人で電話しようや! ライン交換しよー」


 それを聞きつけた宵空みちるがLINEの交換を提案してくる。


 スキャンダルがあった前回とは違い、2人とも温かい対応をしてくれる。


(もしかして、電話をかけたことで好感を持って、写真を週刊誌に送るのを止めてくれたのではないか)とせいらは希望的な観測をしてしまう。


「星川せいら、すこし喋らない?」


 炎城りりが話しかけてきた。


 いいですよ、と言いかけたときに顔に激痛が走った。だが、他のメンバーに悟られてはまずい、と直感が告げている。


(崩れ落ちるほどの痛みではない、この場では平静を偽れ)とせいらはのたうち回るのを我慢する。


「その前にお手洗い!」と叫んで、せいらは急いでトイレに駆け込んだ。


 トイレの個室に入ると痛みは徐々にひいていき、遂にはなんともなくなった。


「ねえ! ナル! この痛みはなんだったの?」


 シュシュが白猫の姿になる。


「反動だニャ。言ってなかったニャ? タイムリープした時の時刻になったから反動が来たんだニャ」


「なに、どういうこと?」


「鏡を見たほうが早いニャ」


 せいらは個室をでて、鏡の前に立った。そして、あることに気づいて叫びそうになるが、人が集まってはまずいと我慢する。


 二重幅が少し狭くなっている。それに鼻もちょっとだけ低くなっているような。毎朝自分の顔を鏡で見て、ウットリしているせいらだから気づくような変化だが、明らかに容姿が悪くなっている。それでもまだ、ローシュタインの中でも一番かわいいと言えるレベルだが。


「どういうこと! なにがどうなってるの?」


「だから反動だニャ。走れば息が切れるのとか、電気を使うほど地球環境が悪くなるのと同じって言えば分かりやすいかニャ? 力を使ったらそれ相応の代償があるのは当然だニャ。人間の力では持て余す力を使ったんニャから、超常的な反動がくるのは当然だニャ」


「能力の反動で見た目が悪くなるってこと?」


「違うニャ。能力の使い手が最も恐れることが反動として起こるんだニャ。せいらの恐れることが容姿の劣化だったってことだニャ」


 せいらは毎日鏡を一時間見ているナルシストだが、最も恐れていることだと言われるとピンとこない気もする。容姿のせいでトントン拍子にいく人生を憎んでもいたのだから。いや、たしかに容姿以外に取り柄のない彼女の唯一のアイデンティティであることは自覚しているから、やはり一番これを怖がっているのだろうか。


「それにしてもやっぱりせいらは特異だニャ」


「どういうこと?」


「反動っていうのは恐れていれば恐れているほど強くなるんだニャ。君の容姿はまだ他人が見ても気づかないレベルでしか変化してないニャ。つまり、君が最も恐れているのは容姿の劣化だけど、それすら大して恐れてないんだニャ」


「なるほどなぁー」


「それに普通だったら、このことを教えていなかったことに憤慨するもんだニャ」


「もしかしてわざと教えなかった?」


「そっちの方が面白いと思ったニャ」


 まあ、もういい切り替えよう。容姿の方は後々戻す術を探さなければいけないが。


「炎城さん! 戻りましたよ」


「大丈夫?」


「え?」


「トイレに結構長くいたし、顔色も悪いから」


 意外と優しいところもあるのだと感心する。


まだまだレッスンまでは時間があるので、2人は他人に話が聞かれることのなさそうなガラガラのボロカフェに移動した。


「私はあなたに交渉を持ちかけに来たのよ」


 コーヒーを啜りながらりりはいった。


「どういうことですか?」


「昨日あなたが言ったじゃない、私の弱みを握っているって。おそらくあなたの能力は私と同じ。あなたの能力のほうが格段に強いみたいだけれど」


せいらはりりの言っていることが全く理解できないが、とりあえず頷いておく。


「私はあなたに絶対念写の力を使わないわ。だから、飲酒のことを週刊誌に売ったりするのはやめてほしいの。あなたから電話がかかってくるまで、あなたをターゲットにしようとしていたのは謝るわ。でも本当にまだ能力は使っていないの」


 せいらはなんとなく事件の詳細が分かってきた。


「炎城さん。あなたが最も恐れていることはなんですか?」


「スキャンダルよ。あんな思いするのはもうごめんだわ。週刊誌に売らないでくれるなら何でも言うことを聞く。最悪、ローシュタインを辞めることだって…」


 りりは泣き出した。だが、なにが起こったのかは完全に把握することができた。


 前回の世界線で、りりは一位のせいらを蹴落とすために念写を使い、手に入れた写真を週刊誌に送ったのだろう。しかし、反動として、りりの最も恐れるスキャンダルの発覚も起こってしまった。ローシュタインを辞めることも覚悟するくらい恐れているのだから、反動も大きく、りりがした中で一番の悪行である未成年飲酒が選ばれてしまったという具合だろう。


 今回の世界線では、せいらが電話をかけてスキャンダルについて訪ねたのを、遠回しに脅していると解釈したりりは、交渉のために能力を使うことはなかったということだ。せいらがりりの思惑を分かっていて電話をかけてきたと勘違いをしているのは、せいらを高く買いすぎているが。


 そして、彼女が包み隠していた過去を知っているせいらを安直にも同系統の念写能力だと思ったようだ。でも、せいらも敵の能力をタイムリープかもしれないと思ったのだから陥りがちな思考なのかもしれない。


 (気を抜くな。炎城さんとの交渉のためにまだまだ頭を働かせねばならない)とせいらは気を引き締め直そうとする。


 だが、「そういうことだったのかぁ!」と謎が解けた気持ち良さから、ついせいらは叫んでしまった。

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