第5話 現実はなかなか厳しいです!
せいらは実家のベットの上で目を覚ました。さっきまで東京の事務所のトイレにいたのだから、本当に時間をさかのぼることができたのだろう。
どうやら、さかのぼった起床からタイムリープは始まるらしい。
「ねえ、白猫! タイムリープしたからって、出てこれない状態に戻ったわけじゃないんでしょ?」
シュシュが形をかえて猫になる。二度目でも流石にちょっと驚いた。
「ぼくも君の精神体と一緒に時間遡行をしているから顕現できるニャ。あと、白猫じゃなくて、ナルと呼べニャ」
「じゃあナル、タイムリープがどんな感じなのか説明してよ。重要なことだけでいいから」
「君は今日から明日をやり直すんだニャ。今日っていうのはさっきトイレにいた日からしたら昨日のことだニャ。君が観測した今から明日の一時半までという時間は既に消滅しているから、世界線が分岐することもないし、その時間に戻ることもできないニャ。つまり、君は未来視をしたようなものだニャ。途中で未来に戻って、世界線がどう変わったか確認するのとは違って、君はもう今の時間の人間なんだニャ」
「よく分からないけど、私からしてもずっとこの時間が続くってことでいいんだよね?」
「その認識であってるニャ」
今は朝9時だ。幼馴染とハグをしてしまった14時までにやっておくことが多数ある。ちなみにこの日は日曜日だ。
休日に迷惑なことを承知の上で、名刺にあった番号からゼネラルマネージャー前島に電話をかける。
「もしもし。お世話になっています。星川せいらです。」
「星川か。なにかあったのか?」
「ローシュタインのメンバーの携帯番号を教えていただけないでしょうか?」
「別に構わないが。そんなに急ぎでほしいのか?」
「初顔合わせで仲良くなれなかったので、初レッスンの前に少しでも仲良くなりたくて…」
せいらは首尾よくメンバーの携帯番号を手に入れた。目の肥えている相手でも彼女の美貌は通用するようだ。
メモをとった4つの電話番号。最初に電話をかけるべきはこの人だ。
「もしもし、どちら様ですか?」
「星川せいらです。炎城りりさんの番号で間違いないですか?」
「な、なんの用よ!」
「単刀直入にいうと聞きたいことがあります。炎城さんは飲酒したときに写真を撮られたことはありませんか? ついでにおもらしも」
「そんなことないわよ! 何⁉ 嫌がらせ⁉」
「いや、わたしは全部知っているんです。事情は聞かないでください。でも、このままだと大変なことがあなたに起きますよ」
「し、知らないわよ」
かなりの動揺が見て取れる。炎城りりはせいらの想像より単純な人間のようだ。
「じゃあ、仮に写真を撮られたとして、それがいつ頃でしたか?」
「……一年前くらい。引退したあとにやけ酒をしたことがあったかもね。でも絶対に写真なんてとられてない。その場には信用できる人しかいなかったんだから!」
りりはヤケに早く観念して、自白した。
「正直に話してくれてありがとうございます。あ、もし不思議な力とかに覚えがあっても使っちゃだめですよ。危ないです」
「な、なんの話よ!ていうか」
りりが話している最中だったが電話を切る。欲しい情報は手に入ったし、彼女の言い訳に耳を傾けている暇はない。
(それにしても、炎城さんがあそこまで腹芸ができないタイプだと思わなかった。類稀なる正直馬鹿じゃないか…)とせいらは思う。では、ビタミンC100時代にしていたアイドルとして完璧な姿勢は演技ではなかったのか。なぜそんな人がスキャンダルなんて起こしたのか、疑問が深まる。
だが、せいらもそんなりりが心配になってしまって、つい能力について警告してしまった。りりじゃ能力で自爆しかねないと思ったのである。バカ正直な彼女にほだされて、自分が既に能力を知っていると教えてしまったようなものなのだから、自分も存外馬鹿だな、とせいらは思う。それと同時に自分が意外と冷たい人間ではないのだと認識を改める。
次に電話をかけるのは宵空みちるだ。単純に3位の彼女が、二人のスキャンダルで最も得をする人物だからだ。
気さくな彼女とはそれなりに世間話がはずんだ。そろそろ探りをいれても大丈夫だろうか。
「ねぇ。春元さんがくれたシュシュちょっと可愛くない?」
「マジー? ウチあんまり白好きじゃないからなぁ。プロデューサーに嫌われたくないしつけてはいるんやけど」
「私はいいと思うんだけどなぁ」
「せいらは清楚だから似合いそうやん」
少なくとも動揺したときに出る独特の間はなかったように思える。シュシュが白猫になると知っているのなら多少の反応は見られるとおもったのだが。
いや、これが普通なのだ。りりのようにあからさまに分かりやすい人間のほうが少ない。むしろ、弁の立つみちるは腹芸もせいらより上手だと考えられる。これ以上下手に探りを入れるとこちらの情報が読まれるかもしれない。せいらは適当な雑談を続けて電話を切った。
雪町さなは電話に出たが、せいらが名乗ると忙しいだの理由をつけて電話を切ってしまった。怪しい気もするが、まだ打ち解けていないせいらとサシで話すのには抵抗があるのかもしれない。
姫宮マリアは電話にでなかった。留守電をいれるとかけ直してこなさそうなので、そのままにしておく。
今の所、有益な情報はりりが飲酒をしたのが一年前ということだけだ。ローシュタインが結成されるより遥か昔の出来事なのである。犯人の能力は全く想像がつかない。ナルは4割の人間がタイムリープの能力になるといっていたが、犯人も過去にさかのぼる能力なのだろうか。しかし、3日が限界のせいらと違って1年も遡ることなど出来るのだろうか。ましてや、バレないように写真をとるなんて。それに1年の期間内でスキャンダルになりうる写真を撮ることができるなら、今日だけの対策をしても無意味かもしれない。一年間もあれば、スキャンダルをでっちあげることのできる場面なんていくらでもあるだろう。
タイムリープで得られるアドバンテージは未来を知っていることだけだ。地道にあらゆる可能性を考えるしかない。
そんなこんなしているうちに、幼馴染の家に行く約束の時間がやってきた。
幼馴染の久本勇気はサッカー部の好青年であり、せいらの良き理解者でもある。例にもれず、せいらに好意をもっているのはバレバレだが、見た目だけではなく性格もわかった上で好いてくれているのは分かっていた。
母は勇気と結ばれるのを望んでいるようだが、生憎せいらにはそのつもりが全く無い。勇気のことは人として好きだが、異性としてみたことはない。結ばれることがあったとしても、それはアイドルをまっとうしてからだ。
勇気の家を尋ねると彼の部屋に通された。ここまでは前回と同じである。
せいらは彼の断わりを得ずに、部屋を荒らしまくることにした。隠しカメラがないか探しているのだ。
勇気が隠し撮りなんてする人ではないことは重々承知だ。だが、能力で脅されていたり、操られていたりする可能性も考えられる。しかし、カメラらしきものは何も見つからなかった。念の為、彼のスマホを取り上げて、部屋の外に放る。
勇気は多少困惑していたが、大して気にはしていないようだ。せいらの美貌に裏打ちされた自信からくる自己中心的な言動には慣れっこらしい。
前回と同じなら、そろそろ勇気が抱きついてくる頃だろう。下心ではない親愛の情から来る行動であると分かったので、せいらも勇気の背中につい手を回してしまった。どうやら、せいらが遠い存在になってしまうことが寂しかったようだ。
しかし、今回は彼の抱擁をさける。
「私、もうアイドルなんだよ? だから、こうね!」
せいらは右手を差し出した。アイドルが無料で握手するのもおかしいかも、と思ったが、もしこの場面を撮られても大したスキャンダルにはならないはずだ。
「悪い、俺どうかしてた。ありがとう」
勇気は涙をこぼしながら、握手をした。昔からだが、感情豊かなやつである。
本当はそもそも彼の部屋に来ないことが最適解なのだ。幼馴染の部屋に入っていたことだって一応スキャンダルにはなり得るのだから。
でも、来てよかった。幼少期からせいらを支え続け、いじめを受けていたときには救いの手を差し伸べてくれた彼を無下にすることなどできない。彼の涙を見てそう思った。
そろそろ東京に向かう時間になった。もうこれ以上スキャンダルへの対策は思い浮かばない。今日できたことといえば、スキャンダルとなる幼馴染とのハグをしなかったことだけだ。犯人はおろか、その能力すらも全く掴めていないのだから、根本的な解決は何一つできていない。
3日前までさかのぼって、じっくり対策を練るべきだったかと後悔しかけるが、だとしても結果は同じだとも考えられる。
後は、明日どのように未来が変わっているか待つのみである。せいらは一抹の不安を抱えたまま、ホテルのベットで眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます