第4話 せいらの能力??

 取り乱して叫ぶせいらを冷ややかな目で他のメンバーは見ている。


 いや、りりだけはうつむいていて表情が読めない。よくみると涙を溜めて、プルプルと震えている。彼女も暴露にあっているのだからショックを受けて当然か、とせいらは多少の冷静さを取り戻した。


「あんたらのせいで、みんなのデビューが最悪になりそうなんですけど」

みちるがきつい言葉で糾弾してくる。


「わかってるわよぉ。なんでこんな写真が…。写真が…」

せいらより先に、りりが情けない声で発言した。


「一度撮られてるくせに脇が甘いんじゃないですか」

マリアがかぶせるように追及してきた。


 りりは今このときスキャンダル仲間であるが、せいらもそこには違和感を感じていた。


 一度、スキャンダルを起こして引退に追い込まれたりりがこんな写真を撮られるほどガードを甘くしていられるのだろうか。ましてや、19歳の彼女が飲酒をしている場面で写真を撮ることを許すものなのだろうか。せいらはお酒を飲んだことがないので分からないが、そこまで判断力を落としてしまうものなのか疑問に思う。


「わたしだって! わたしだってぇ…」

りりは堰を切ったように泣き出した。そして、プッツンと糸が切れたように倒れた。


 (人生でここまで追い込まれたのは初めてだ)と不安ながらも、少々楽しんでいるせいらとは裏腹に、りりは名状しがたい恐怖を感じていたに違いない。日本中からのバッシングや好奇の目は、かつて現代最強のアイドルと目されていた彼女に数々のトラウマを植え付けたはずだ。


 気絶してしまったりりをみちるは申し訳無さそうな目で見て、「少し言いすぎちゃったかな」と反省を見せた。


 雪町さながりりを重そうに引っ張って、なんとかソファーに横たわらせる。


 「と、とりあえず、落ち着きませんか? 私お菓子持ってきたんです。食べて落ち着きましょう‥」

 さなの発言に、(こんな時でもあざといな)とせいらは思った。


 「今はそんな気分じゃないです」

 マリアがさなのあざとい善意を拒絶した。


  そうだ、りりが倒れたところでなにも現状は変わらない。せいらがセンターになれる可能性はゼロに等しくなったし、そもそもローシュタインが人気アイドルになれるかすら怪しくなってくる。なにかしらの対処を考えなければならない。


 「私、頭冷やしてくる」

事務室を出ていくせいらに声をかける者はいなかった。


 せいらはトイレの個室でこれからどうするべきか考えている。


 (写真付きでのスキャンダルが出てしまったアイドルの生命は確実に終わると言っても過言じゃない。誤解をとくための言い分を並べても、週刊誌が脚色したドラマティックな嘘のほうが世間への浸透は早いはずだ。パフォーマンス力を鍛えて生き残る? いやそもそも人気がないとパフォーマンスも評価されないか)


 結局、せいらの足りない頭ではこうした思考が堂々巡りするだけであった。


 (いっそ魔法が使えたらなぁ。スキャンダルをなかったことにしたり、みんなの記憶から消したり…)

とうとう彼女は現実逃避を始めた。


 (そんなことを考えてる場合じゃない! 私は絶対に人気アイドルのセンターになるんだから!)


 彼女が再び熱を取り戻した瞬間、左手首につけていたシュシュがうねり、蠢きだし、姿を変えた。


 シュシュは真っ白な猫のようなものになった。質量保存の法則を完全に無視した大変形である。


「やっと顕現できたニャ。せいらは表情をよく変えるけど、実は喜怒哀楽が乏しいからなかなか感情エネルギーが貯まらなかったニャ」


 猫のような生き物は人語を喋っているが、猫らしい語尾をつけて喋っている。さなと同じくらいあざといことをしているな、というのがせいらの最初の感想である。


「君は猫なの? シュシュから変身したのは魔法とか?」

あまりに突飛な出来事にせいらの頭は追いつかないが、かろうじて平静を保つ。


「猫はぼくたちにたまたま似てしまった生き物だにゃ。かわいこぶっているとか思ったかもしれないけど、人間がぼくたちの見た目や話し方をかわいいと思うようにできているだけだニャ。君たちにできないって意味なら、魔法と呼べるかもしれないニャね」


 せいらは全く理解できない。それを示すためにキョトンとした表情をつくる。


「わからなくて良いニャ。それよりもぼくは君に力を与えるために顕現したんだニャ。君がストレスを感じるている出来事を解決することも可能な力かもしれないニャ」


「はやくその力ちょうだい!」


「君ならそういうと思ったニャ。少々特異な思考回路をしていることは分かっていたニャ」


「いや、驚いてはいるし、問題が解決したら質問攻めするよ? でも今は猫の手でも借りたいの! 今の変身で君が凄いことは分かったし」


「じゃあ今から君に力を吹き込むニャ。ロマンティックにいうなら君はいまから魔法使いだニャ」


 猫の口から巨大なストローのようなものがはえて、せいらの胸を突き刺した。痛みもないし、力がみなぎりもしない。


「終わったニャ!」


「どんな魔法を使えるようになったの?」


「えーと、いわゆるタイムリープって能力が使えるようになったみたいだニャ」


「それって最強の能力じゃない! 漫画なら主人公の力だよ! やっぱ神に愛されてるなー、わたし」


「いや、同じ方法で力を与えたら、4割の人間はタイムリープになると思うニャ」


「?」


「君は見た目と違って凡庸な考えをもつ人間ってことニャ。さっきな特異な思考回路って言葉は取り消すニャ」


 ますます意味がわからない。だが本当にタイムリープ出来るなら、スキャンダルを阻止することも可能だろう。救いの光が見えて、喜びが湧いてくる。


 だが、せいらは今は何もついていない手首をみて、重要なことを思い出した。


「ねえ、君シュシュから変身したよね? じゃあ他のメンバーも魔法を使えるようになっているってこと?」


「もちろんだニャ。豊かな感情を持っている子なら君より先になにかしらの能力を得ていると思うよ」


 聞きたいことが増えたが、せいらはぐっと我慢する。プロデューサーへの猜疑心も高まった。


 だが、他のメンバーも能力を持っているとなると腑に落ちる点が多い。正直、どうやってあの写真が撮られたのか全く見当がついていなかったのだ。しかも、1位と2位の同時スキャンダルなんて滅多に起きることじゃない。当然2人が陥落して、特をするのはセンターを目指す他のメンバーだ。


 正々堂々とした勝負を望むせいらからしたら許しがたいことだが、他のメンバーが魔法の力を使って、彼女たちを陥れたと考えるほかない。


 「タイムリープでさかのぼれる日数の上限は3日前までだニャ。どうする?」


 「1日前で!」


 もし失敗したら何回でもさかのぼれば良い。そんな甘い考えで、せいらはスキャンダルとなる写真が撮られた昨日にタイムリープすると決めた。


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