第弐話「赤いキブシの花」
人生に無駄なことはないと思う。少なくとも僕はそう思いたい。
春は新しく生活を始めるには良い季節だ。僕も今年からこの街に来て、今日、入学式を迎える。
きっと新しい生活を始めるのは僕だけじゃないと思う。
やたら大きな家から出てきて、辺りを気にすると、小走りにスカートを揺らした少女も、煙の中で貯まった吸い殻を眺めて、耳と尻尾がついた少女を見つめる男も、何かを探して朝焼けの中優雅に羽をなびかせる少年も、不安や期待みたいな、色々な気持ちを抱いて新しい生活に臨むんだ。
僕も友達と一緒に、三年間を共にする教室に足を踏み入れていく。
◯
初めての高校生活に浮かれ、教室では担任の教師の言葉はその騒音に掻き消されている。しかしもうすぐ定年の担任はそんなことは気にしていないようで、つらつらと決められた言葉を並べていく。
担任の指示のあと、順番に自己紹介が進む中、燐はこれからの生活を共にするクラスメイトを見渡していた。
「
十六歳らしくなく淡々と名前だけを伝える少女は、美しい黒髪をなびかせている。
「
端正な顔に、女子生徒が色めき立つ中喋る少年は、目標を声高々に話しあげる。
「
少し堅苦しく話す玲二を、燐は何故か誇らしげに見つめている。
その後も、これからの高校生活に夢を膨らませている生徒達が、続々と挨拶をしていく。
そんな中、テンポが変わっていく音楽の様に自己紹介を聞いていた燐は、目の前の生徒が座ったタイミングで自分の番になったことに気づく。
慌てるように燐は席を立った。
「あ、っと、
少し声がうわずってしまい、失敗したと頭を抱える。
ふと玲二の方向を見ると、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。その玲二の様子に更に恥ずかしくなり、燐は静かにゆっくりと席に座った。
初日ということもあり、特に授業はなく昼には下校となった。
燐が帰りの支度をしていると、横から声をかけられた。
「よう、今日は散々だったな」
高校一年生で185cmもある玲二は、教室内でも異彩を放つ。自己紹介で格闘技をやっていたと言ったこともあり、少し避けられてしまっているようで、燐に近づくと周りにいた生徒はそそくさと教室を出ていった。
当の本人の玲二が特に気にしていないので、燐もそのことには触れず、リュックを背負う。
「そうだね、入りを失敗した。まぁでも始まったばかりだし、頑張るよ」
『いや、最悪のスタートだろ?』
突然、燐の頭の中に声が響く。
燐は一瞬眉をひそめると、頭を二、三度横に振った。
「おい、大丈夫か?」
玲二は燐の奇妙な動作に心配してすぐに声をかける。しかし、燐はすぐに体制を直すと玲二の顔を見つめた。
「平気だよ。頭が痛かっただけだ。多分いきなり環境が変わったせいだと思う。心配しないで」
『嘘つけ、気づいてるくせに』
「そうか? でも今日は案内は止めて真っ直ぐ帰った方が良いんじゃないか?」
「いや、平気だよ。もう治まったから、行こうよ」
そう言って燐は口角を少し上げると、玲二の肩を優しく叩き、教室を出た。
少し心配な気持ちは持ちつつ、玲二も燐の後を追っていった。
□
カーテンのない窓から日光が直接部屋に入ってくる。男、〈城久将斗〉は部屋中に舞っている煙を窓から放つ。
「ゲホッゲホッ。あー、吸いすぎたな」
徐々に煙は減っていき、ベットの上に寝ている少女が見えてくる。
将斗は一度大きなため息をつき、煙草を咥えると、ライターに火をつけた。しかし、パチンッという指の音が聞こえると、ライターの火は何故か消えてしまった。
将斗はいつの間にか空いていた玄関に目を向ける。そこには呆れた顔の少年が一人立っていた。
「人間じゃないとはいえ、子どもがいるのに吸う?」
「うるせぇな。さっきまでここは煙草の煙ん中だよ」
そういうとまた将斗はライターに火をつけた。しかし、またパチンッという音が鳴ると、今度は加えていた煙草がチョコに変わっていた。
「わーったよ。吸わねぇよ」
将斗はライターを机に置き、乱雑な部屋の中、唯一足場のあるオフィスチェアに座った。
玄関の前の少年、〈ロビン〉は、その様子にまた呆れた様に首を振ると、足場を確保しながら別の椅子を探し始めた。
少年が椅子を見つけてようやく座れたと思った時、ベットの上から少女の背伸びの声が聞こえてくる。
「うん? んん〜」
ゆっくりと体を起こし、少女は辺りを見渡す。徐々に目が覚めてきた様で、その視界にはゆっくりと将斗とロビンの顔が見えてきた。
「おう、目が覚めたかガキンチョ」
「おはよう」
二人に声をかけられ、少女は飛び起きる様にベットから降りた。
「あー! えっとー! あのー!」
明らかに動揺している少女に、将斗は頭を掻きむしりながら、声をかける。
「おい、おい。落ち着けよ、取り敢えずな」
将斗に諭されるようになだめられ、少女は少し落ち着いたようで、ロビンに差し出されたホットミルクを受け取った。
「あ、どうも……」
少女は恐る恐るとカップに口をつけると、程よく冷めたホットミルクを少しずつ飲んでいった。
「……えっと、あの、昨晩はそのー、助けてくれて、ありがとうございました」
少女のその言葉に将斗はまたしても大きくため息をつくと、天を仰ぐように、口に加えていたチョコを勢いよく噛み砕いた。
第弐話「赤いキブシの花」
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
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