モンスターシティ
九十九春香
序章「プロローグ」
第壱話「緑色の再会」
この世界には所謂、物の怪と呼ばれるものが存在する。姿は見えなくても、それは確かに存在して、そして我々の、意外にも近くにいる。
ここは夢を視る街、夢浜。これまで多くの人間の夢が破れ、そして叶っていった。
僕はここに来てまだ1年程だ。しかし、ずっと前からこの街で色々な人を見てきた。
街を救って伝説になった男、日本一になったのに突然消えたバンド、夢半ばで倒れた英雄。
誰しも英雄に憧れる。しかし英雄は何処かに必ず"歪み"を持っているものだ。妬み、憎しみ、悲しみ、慈しみ。
これらは伝染し、彼らがいなくなった今でも、この街にはまた不思議な人間たちが集まってくる。
気力なく煙草を吸う男も、過去の後悔に打ちひしがれる少年も、大衆の期待に押し潰されそうな女も、そしてそれを悠然と見下ろす男も。
彼らも当然"歪み"を持っているのだろう。しかしそれは誰しもそうなのだと思う。誰もが今の生活に満足してなくて、何処か心の奥に
そして今、また一人、希望を抱いてこの街に入ってくる少年がいた。
空気を抜くような音が、電車の扉を閉める。
彼は眉をひそめて当たりを見渡している。
どこを見ても人、人、人。こんなに都会に来たのは修学旅行以来だと考えているのだろう。
彼はゆっくりと階段を上がっていった。
彼は突然、階段の先で呆然と立ち止まった。彼はあまりの駅の大きさに絶句している様だ。
不意にスマホの通知が鳴った。
彼は急いでスマホを開き、少し頭を抱えている。返信に悩んでいるのか、言葉の意味がわからないのか、それは僕には分からない。それにそこまで興味がない。
そんな彼に、ゆっくりと人影が近づいて行く。
「おい、
「わっ!」
突然肩を叩かれ、少年は甲高い声を上げる。すると、肩をたたいた少年は、その様子を穏やかな表情で笑って見ていた。
「……
恐る恐る振り向いた燐はホッと肩を撫で下ろす。
「誰だと思ったんだよ。連絡したろ?」
玲二は悪戯に笑うとスマホをわざとらしく振った。
それを見た燐は少し悔しそうにスマホの画面を玲二に見せる。
「いや、これ意味分かんないよ! 何さ丑三つ時から来るって!」
「丑三つ時……、つまり2時の方向から来るっていう、割と簡単な暗号だぜ?」
得意気に話す玲二に、燐はムスッとした表情で睨み付ける。
「何だよぉ、小学校以来だから楽しみにしてたのに」
少し怒っていそうな燐を少し鼻で笑うと、玲二はまたしても穏やかな表情で見つめた。
「悪かったよ。俺も楽しみにしてた。これから同じ学校だもんな、宜しく頼む」
その穏やか過ぎる表情に少し疑問を持ちながら、燐は許すの合図で手の甲をオデコにぶつけると、前に進み出す。
「俺もそんなに怒ってないよ。荷物は置いたから、夢浜、案内してよ」
「ああ、変な街だぞここは」
二人は駅を抜け、街に向かって歩き出した。
階段を上がり地上に出ると、辺りはすっかり暗くなっていたが、街は賑やかだった。煌々と光る商店街は、眩しすぎるくらいだ。
取り敢えず明日から学校なので、燐の一人暮らし用のアパートに向かう道すがら、街の案内をすることになった。
玲二は持ち前のクールさは崩さないが、それでも楽しそうに街の案内をしてくれている。
燐はちょくちょく自慢話が混ざっているのは、小学校の頃から変わっていないなと、苦笑いを浮かべながら大通りを歩いていく。
不意に角を曲がろうとした時、勢い良く走ってくる何かに突進され、倒れてしまう。
「うぉっ! 痛ァ……」
「大丈夫か!?」
心配そうに駆け寄る玲二を手で静止し、平気なことを伝えると、共に倒れ込んだ少女に近づいていく。
「ねえ君、大丈夫?」
倒されても相手の心配をするんだなぁと、玲二が感心していると、少女は辺りをキョロキョロし、差し出された手を阻み勢い良く立った。
「……ごめんなさい」
そう言い残すと、少女はまた人混みの大通りを駆け抜けて行ってしまった。
取り残された手を寂しそうに仕舞い、燐と玲二はポツンと少女の背中を目で追うのだった。
少女の事は一旦忘れ、二人はアパートに向けて歩いていると、突然奥の通りから爆発音が聞こえてくる。
「な、なに!?」
「うぉ! またかよ……」
玲二の慣れた様な表情に驚いていると、周りの人々も同じ様で、少し経つと止まった足を動かし始めていた。
「あー、この夢浜にはな? 都市伝説と、関わっちゃいけない人間がいるんだよ」
「関わっちゃいけない? アウトローな感じな人?」
「それは当たり前に関わんないほうが良いが、そうじゃなくて二人いるんだよ」
玲二は立ち止まると指を二本立てた。燐も釣られるように立ち止まり、二本立てた自分の指を見つめる。
「まず一人目は、さっきの爆発音の元凶、〈
玲二の真剣な表情に、燐は何回も首を縦に振り了承を表す。
「次に〈
「悪魔って、流石にないでしょ?」
半分笑いながら燐は応えたが、玲二の表情は真剣なままだ。
「割とまじで俺もそうなんじゃないかと思ってる。この街って事もあるし、ない話じゃない」
そう話す玲二の顔には、恐れと、怒りの、両方の表情に見えた。
「……玲二?」
名前を呼ばれハッとすると、玲二はまた同じ様に穏やかに笑った。
「あ、いや何でもない。とにかく、この二人には関わるなよ」
「あ、うん。分かったよ」
玲二の見たことのない表情に戸惑いを感じながら、燐は首を縦に振った。
「あとは、都市伝説だけど……」
玲二がそう言うと、突然通りの先が何やら騒ぎ始める。玲二はさっきとは打って変わって表情を明るくすると、燐に向かって笑顔で叫ぶ。
「おいおい、随分景気がいいな! 都市伝説だぞ燐!」
そう言い走り出した玲二に、釣られるように燐も走り出した。
人混みを抜け、燐は人々の視線を見つめる。
多分、この時、この瞬間に、決まっていたのだ。
この街で起こる不思議な事件と、そして僕に起こっている不思議な現象が、次第に混ざり合っていくのが。
「て、天使!?」
視線の先に映る謎の飛行物体に、人々は心の揺れ動きを感じていた。
第壱話「緑色の再会」 完
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
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