混乱

一方、カイトとローゼリンデが消えた朱の国ではイシュバラ公の怒りの為に神殿が半分吹き飛び混乱を極めていた。

「アヴァテラ!静まるのだ」マクラベル国王が防御結界を張るがその結界をすり抜けた波動がピシリと壁に亀裂を入れる

「結界を!」「身を守れ!」その場にいたのが魔力の高い者ばかりであったのが幸いして死者はいなかった、しかしかろうじて黄の国マクラベルの王アストラと朱の国ブランカフリングの女王ベラが結界を張って事なきを得たたのだ。

だがその荒れ狂う怒りの奔流は凄まじく聖なる国として、また五国の始祖の国として小国ながらも他の国よりも武力、魔力共に比べるまでもなく強固と驕っていた朱の国は己の浅はかさを悔やむこととなる。

そして、朱の国の前女王ゾーイは己の短慮を思い知る。

「おぉ、このような このような事が…わたくしはなんという愚かな…」

末娘のレティーシアは十歳の年にしてやっと公式行事に赴いた。姉たちはもっと幼いころから…むしろ幼いからこそ早くに王家代表として自覚を持たせる意味も含め色々な行事の旗柱の役目を担わせた。とても厳しく教育を施し王族の務めと義務を叩き込んだ。その関係は先生と生徒に近かった。であるから末子だけでも王という立場を離れた母と娘の時間を取りたかったのだ。姉達もレティーシアを交えた家族の時間、女王ではなく母で王配ではなく父で王女ではなく娘で姉で妹で…と、それはとても暖かく優しい家族の時間で……レティーシアが甘やかされて育ったのは、家族の歪さ故でもあったのだが…いつまでも可愛い末子のままではいけないと臣下からのレティーシアの公務参加を促されてやっと十歳にして新年の行事に参加する事となったのだ。そしてレティーシアは齢十歳にして新年の挨拶に朱の国を訪れていたイシュバラ公爵に一目惚れをした。それから毎年の年賀行事の度に母に自分の願いを、思いを申し出た。ゾーイは子供の一時の気まぐれと軽く「大人になったらアヴァテラ殿にそなたを娶るよう母が申しあげましょう」と答えたのが、まさか十五歳から「わたくしは幾つになればアヴァテラ様の妻として迎えていただけるのでしょうか」と言うようになるなど思わなかった。

そのうち他の国の年齢の近い王子達に目が行くであろうと、子供の気持ちは大人になるにつれて変わるものと軽くあしらっていたのだ。さすがに十八歳になり頑なに「他の者に嫁ぐくらいなら神殿に巫女として入ります」と宣言されれば頷くしかなかった。王族、貴族ならば早くから婚約者が決まっており早いものは十四歳前後で嫁ぐ。目安としては月のものが始まってから二年程度たてば女としての身体が整ったとみなされているからだ。だから十八歳で婚約も決まっていないレティーシアは行き遅れと言っても良い年齢であった。ベラに王位を譲り後の二人の王女も他国の王太子妃として嫁がせた。しかし、レティーシアは四人の娘の中でも魔力は抜きん出ていた ベラよりも遥かに…だが、レティーシアは末っ子ゆえに周りに守られ育った。そのためか政には全く向かない性格に育ち、よく言えば純粋で愛らしい…難を言えば少し考えの足りない面があった

ゾーイは悩んだ。この愛らしい姫を親子ほど年の離れた王族といえども臣下に下った者に嫁がせるなど、レティーシアに懇願されていなければ許さなかった。

だから驕っていた。ローゼリンデが黒髪黒目の容姿をもって生まれたと噂に聞き、高い魔力を持っているのは自分の…朱の国の血が濃く出たものだと…よってローゼリンデは朱の国で育てるべきと信じていた。…洗礼式の後はイシュバラ公爵からローゼリンデを奪うつもりだったのだ。

イシュバラ公爵の強い魔力をより濃く受け継いだからこそだったと気づいたが遅い。

レティーシアが儚くなったのもゾーイの驕りが目を曇らせていたからだ。

己の魔力量よりも高すぎる因子を持つ子を宿すと母体に負担がかかる。その逆は問題はない ゆえに貴族間の婚姻はそれぞれの魔力量を神殿にて調べてから婚姻を結ぶのが通常である。が、まさか朱国の王族よりも高い魔力を有する者がいるなぞとは考えもしなかったのだ。

カイト王子とローゼリンデが消え去る直前にベラとゾーイ、そして高位神官の数名のみが感じたであろう、一瞬にして膨れ上がった二人の魔力…それは魂還りであろう…そしてわずかに感じたあの気配は…恐ろしい考えにそのままゾーイの意識は遠くなっていった。


黄の国の王の采配とイシュバラ公爵の力によってローゼリンデはその年まで政権争いの火種にならぬように隠されていたのだが、イシュバラ公にとってはそんなものはどうでもよくただひたすらに自由に何不自由なく成長を楽しんでいたのだ。黒の森から這い出てくる魔物より国を守るという役目を自分から引き受けたのも中央の貴族のしがらみから逃れる目的ではあったが、反対にその役目ゆえにローゼリンデを隠せる事に安堵していた。

イシュバラ公爵の婚姻は政略結婚ではあったが妻のレティーシアは堅苦しい王家の姫とは思えぬほどに溌溂として無邪気で愛おしい娘であった。親子ほどの年の差はあったが夫婦の仲は良好で程なくしてレティーシアは身籠った。そして…ローゼリンデと引き換えにその命は儚くなってしまった。

妻が命と引き換えに与えてくれたローゼリンデは愛おしく、イシュバラ公は溺愛した。その容姿もあり対外的には体の弱い公女として表には出さずに成人まで育てるつもりだった。なのにどこから漏れたのか朱の国に知られる事になり、のこのこと朱の国まで出向いた。その事でローゼリンデを失うなど…「落胆している暇などない。ローゼリンデを私の娘を探す。連れ去ったのが神だとしても私から奪うなどできぬ」

イシュバラ公爵は神でさえ敵にまわそうと構わない。そう心に決め自らも行動を起こす。ローゼリンデが消えてから黒の森から魔獣が這い出てくるどころかその気配さえも少なくなっている。それが何故なのかはわからぬが国境の守りを緩めても大丈夫な今に動くべきと…。


朱国の現女王ベラ・ブランカフリングは深くため息をついた。ローゼリンデの母レティーシアをベラは愛していた。純粋で無邪気な愛する妹。その忘れ形見であるローゼリンデと会えるとベラも楽しみにしていたのである。前女王の母が孫可愛さに無理を通すのを許したのもベラ自身の望みとも合致したので全てを母に任せたのである。

あれから母は臥せってしまった。あの時一瞬巻き上がったヴェールの下の貌は幼き日のレティーシアの面影はあるが、イシュバラ公爵の美貌を引き継いでいた。

透き通った白い肌に黒い髪と黒曜石のような瞳、ただ一つ、人を惹き付けるアーモンド形の目の形だけがレティーシアと同じであった。

問題はローゼリンデだけでは無い。黄の国の第四王子、カイト王子も黄の国の末の王子、四人の王子と二人の王女がいるがカイト王子以外は成人している。上の五人から離れて生まれた末の王子。国王夫妻も兄姉達も殊更に可愛がっていたという。

これは神話の時代から築いてきた黄の国との関係の中で初めての危機である。


なんとしてでも二人を取り戻す。ベラは臣下に命令を下す。

「騎士団と魔塔の者で編成を作り捜索を!まずはイシュバラ公爵の協力を願い出る。そして黒の森を隈なく探すのだ」

かくしてイシュバラ公爵領の騎士団、黄の国の騎士団と冒険者ギルドのAランク以上の冒険者、朱国の騎士団と魔塔の魔法使い、神殿の神官による混成捜索隊が編成され黒の森の捜索が行われた。


あらゆる手を尽くしたが何の手がかりもないままに一年が過ぎた。イシュバラ公爵は沈黙を貫き、黄の国の王妃はカイト王子の手がかりを求め王都を離れイシュバラ領から離れようとはしなかった。何度も黒の森へと捜索隊を派遣しているが少しの手がかりもつかめない


捜索が始まって一年が過ぎ二年に近づいてきた。こうなるとベラは苦渋の決断をした。『古の禁術』の行使を……神の使徒を召喚する儀式を行うことを…

それはおよそ神話の時代に使われたと記録に残るだけの禁術。

国内から魔力の高い者でそして魂還りを経験している者で行使される。

魂還りは各王家に数人程度、そして王家の血筋に連なる家系に稀に現れる。そのほとんどが朱国の高位神官として勤めている。

文官にありとあらゆる文献を調べさせて古の禁術の全容を調べさせた。

それは恐ろしいことに魔の森である黒の森の守り神といわれるシェオール神を呼び、そのあらゆる世界を行き来する事ができる権能の一部を借り受けこの世界ではない別次元…の世界から救世主を召喚するという事が判明した。

ベラからすればシェオール神…神の一柱と言われても悪魔としか思えぬ…この地には二十柱の龍神が存在する。各王家にそれぞれの国名にもなっているそれは守護龍の色でもある。

朱の国には火龍、黄の国には黄龍、赤の国には紅龍、緑の国には緑龍、青の国には青龍、紫の国には紫龍がいる。そして白の森の精霊王は白龍であるとされておりククル神にその座を譲ったルルカ神の化身でもあると考えられている。

しかし、ルルカ神の支配する白の森と魔の森とされる黒の森は隣り合い黒の森の神はシェオール神。そしてその地を支配する黒龍はシェオール神と言われている。

どれも朱国に伝わる禁断の神話であり、創造新であるルルカ神より生み出されたククル神から始まる世界を説く朱の国では王となった者のみに伝えられる秘儀でもあった。


その儀式は黄国の王家からの要望により、黒の森に近いイシュバラ公爵の領地で行われる事となった。

黒の森近くにイシュバラ公はその為の新たな施設を建立した。


広間に複雑だが美しい魔方陣が描かれる。イシュバラ公爵、そして黄の国と朱の国、両国の王族と高位神官とで儀式は始まった。

魔方陣が光を放ちその色を自在に変え、やがて…魔方陣の上に小さな光が現れ大きな光となった。

その光は人型となり黒髪黒目の若者が四人現れる

「おおっ、使徒様が…」「なんと…」








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