はじまりの大地
ローゼリンデは森の中に横たわっていた。身体は清潔に保たれ傷も無い。
公女としての何やら物々しいドレスではなく幼女らしくチュニックと七分丈のズボンを身に着け足には靴...靴下はうさぎの絵がかいてある
幼い自分の手足...と同じく幼い姿のカイト王子が目に入る
ローゼリンデは立ち上がり手足を動かし確かめる。
魔法の使い方、こちらの世界の記憶と円華として生きてきた記憶があるが違和感は無い。ただカイトに対してはこちらでは初対面だが日本では親子ほど年の離れた部下...恋情はお互いにあったのかもしれないがそこは日本人らしく常識の範囲で社長と秘書の関係だった。
ただお互いに共依存のように寄りかかっていたのは否めなかった。
自然と親子のように友達のように接して来られたのは黒江莉佳子の存在が大きい。こちらへ転生したあの時一緒にいたのは全部で七人、皆この世界の者だったのか…黒江は何者か...考えの沼にハマってしまいそうな時カイトが目を覚ました。
目を覚ましたカイトはふっと笑った。その瞳は緑がかった深い碧で金の星が散っている。小さな手でカイトの頬に触れると少しだけ大きいがやはり小さな手がローゼの手に重なる。
「なんだか不思議な気分だ」
「うん、こんな状況なのに凄く開放感があるのよね」
ローゼリンデはちゃんと答えたつもりだが身体は三歳になったばかりだ、発声が下手である。カイトには「うにゅ、ちょんなじょうちょうにゃのにちゅごくかいほうかんぐぁありゅにょのにぇ」と聞こえた。
笑いを堪えながらカイトは自然とローゼリンデを抱っこした。
「ちょっ!ちゃあんとあゆける」
ポカポカとカイトを叩いてみるが少年なのにビクとしない。
カイトは楽しかった。ローゼリンデが言うように開放感が半端ない。
カイト王子として魔法の使い方は教師に習っていた、喜栄としての生で漫画やアニメ、ゲームの魔法、呪術などの知識がありイメージを膨らませるので今までになく無限に使えるのが分かる。加えて第四王子なので大した重圧もなく伸び伸びと暮らしていると思っていたが王子という身分はやはり堅苦しいものがあったのだ。自由だと思っていたがそれは違ったようだ。
ローゼリンデも同じであろう。
円華とて同じ。社長、母、そしてローゼリンデはルルカ神と同じ黒髪黒目の王家の次に位置する公爵家の公女
空を見上げその太陽がいつも見るものよりも遥かに柔らかい事に気がつく。地球の太陽のような焼き尽くす感はないがそれなりに日差しはキツイ。あぁ、地球でも日本でも、黄の国でもないんだ...カイトはホウッと深呼吸し笑顔になる。
「ローゼリンデ、ここはどこだろうね」まだ暴れているローゼリンデに問いかけると「うにゅん」とおかしな返事をしてローゼリンデの手が止まった。「ごめんなちゃい」真っ赤になっているのは円華の理性が働いたのだろう。質問に謝罪が返ってきたところをみると何処か分からないと、叩いてごめんなさいの両方の意味であろうか、何の痛痒も感じないし、むしろ可愛いのでもっとポカポカしてくれても良いのだが。「とりあえず高いところから回りを見てみようか」ローゼリンデの返事を聞く前に「フライ…」と飛び上がって森の樹々の上に出る。
ローゼリンデを抱いているので浮遊に近いがイメージ通り森の上にでた。
「ふぉおぉおお」と喜んでいるローゼリンデ、遠くを指さしながら目をキラキラさせたりするのは新しいプロジェクトに夢中になっていた円華と同じだ。目下には黒に近い深緑の森が広がりその向こうにはキラキラした白っぽいものが見える。あれが妖精王の住まう白い森であろう。
足下の森から「ぐきゃあぁあぁぁ」「ウグルルルルル」と不愉快な唸り声がする。見るとゲームで見たような醜悪な魔獣が多く闊歩し唸っている。今までいたのは黒の森らしい。とんでもない場所に放置されていたようだが何らかの結界に守られていたのであろう。
少しずつ高度を上げていくと「グゥルルルル」という魔獣の声が小さくなる、その小さくなる魔獣の唸り声に混じり「ぐぅー」という盛大な腹の虫の声が聞こえた。ローゼリンデの顔が真っ赤になっている。可愛いななどと呑気な事を言っている場合ではない。気を失ってから何日経つのかは分からないが一週間以上何も口にしていない、そう考えた途端に僕も空腹を覚えたのでゲームで覚えていた地理を目安に黒い森を抜け白い森の上空を駆け抜けた。
多分あの向こうがあの大地...なにかに突き動かされるように僕は黄の国とは逆の方向へと飛んだ。
そうしてあの時ローゼリンデが魔力暴走して掴んでいた大地に降り立つ。
後に始まりの地と呼ばれるそこは山々に囲まれ丁度よい大きさの湖がありその湖から小さな渓流が流れ花が咲き乱れる平地ができていた。
「ちゃんぷぅちょう!」とローゼリンデが叫んだ「シャンプーなんてしなくても...クリーン!」浄化魔法をかけたら「ちゃう、ちゃんぷぢょうみたい」とプンスカされた。シャンプーではなくキャンプ場みたいと言っていたのか…もう少し成長しないと可愛いけれどわかりづらい。そんな事よりも食べ物の用意をしないと…
僕は父王や兄から帰還者の伝説は聞いて知っていた。
自分がそうとは思わなかったが、何となく分かっていたのだろう。しっかりとその嘘か誠か分からない話を覚えていた。
アイテムボックスなる物をローゼリンデも自分も持っているはずだ。
ただしローゼリンデは三歳。容量がどんなに大きくても年齢によって出口の大きさが違うと聞いた。
成年は18歳、その年齢になるとどんな魔法も解禁になるが神の力によって未成年の間には制限がかかる。
僕は円華の所有物の量を思ってげんなりする。
社長退任後、これから色々な物を譲ったりする予定であった、日本人での人生で一番に多くの物を持っている時期だったはず。八十歳を過ぎれば生前贈与などで整理されていたであろう物が大量にあるはず。ローゼリンデはそんな事はまだ知らないであろうから説明は省くことにした。
僕のアイテムボックスを覗く。一覧に様々な名称が並ぶ中にメゾン・ド・グラン301号室とある。
一生独身でいると思った喜栄が買ったマンションである。
建物の一角なので出てくるのか謎だが、あの日喜栄は近くのスーパーで配達を頼んでいた食材をパントリーと冷蔵庫…もちろん冷凍庫もいっぱいに詰めていた。
玉ねぎ、人参、ジャガイモとおなじみの食材から最近甥達が兄にキャンプに行きたいと強請っているのを聞いて防災用品を兼ねるからと言ってプレゼントしようと買ったロッジ型の大きめのテントなどもあるが
すべて部屋の中にあるものだ。
それを出せればと念じてみる。ファンと何かが光りそこには「は?......」「?」佇む僕たちの前の地面にドアが張り付いていた。
「しゅーるだねぇ」ローゼリンデは面白そうにドアを撫でる。
シュールという表現がこんになにしっくりする現象はないだろう
「ドアの鍵は掛けて出たからなぁ…開くのか?]僕はドアの周りをローゼリンデを抱きかかえて二周してから思い切ってドアのノブを掴み引き上げてみた。
その瞬間、天地が逆になったかのようにドアに吸い込まれた。
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