彼方の大地
イシュバラ領は魔の森に面してその境界線を守っている。イシュバラ領地のあちこちにはダンジョンがいくつか存在する、それとは別に広大な公爵邸の奥に領主一族、いや領主一族でも限られた者だけが入れる白い岩で出来たダンジョンが教会のように荘厳でいて堅牢な建物の中で厳重に護られている。
普通のダンジョンは魔物が発生する。その魔物を冒険者達が狩り、その素材を売り生活をする。それは五王国の全てに言える事であった。
だが公爵邸内のダンジョンは正しく迷宮なのだ。そこに魔獣は発生しない。迷宮には精霊が住まい精霊王の支配する白い森と繋がる扉がある。そこにたどり着くには精霊の許可と相当な魔力を必要とする。今はイシュバラ公爵とその娘のローゼリンデのみがダンジョンに受け入れられている。
白いダンジョンの精霊に受け入れられなくては扉は開かない。そして扉からは白い森に繋がり精霊王の住まう白い世界樹の元までたどり着ける。地上の黒い森は多数の魔獣を抱えている恐ろしい森だがその一方で白い森への侵入を妨げる防波堤の役目を負っている。誰も彼もが世界樹にたどり着ける訳では無い。黒い森を抜けるだけの技量、妖精王に認められるだけの清廉な魂の持ち主だけが世界樹に近づく事が許されるのだ。
世界樹のひと枝で精霊を呼び魔獣を寄せ付けぬ加護を受けることが出来る。故に国の王都にある神殿や王城には歴代の勇者や聖者が命がけの冒険の末に精霊王より賜った枝が安置されている。
なので精霊王はルルカ神の別の姿とも考えられている。
その白い森の向こうには広大な大地が広がっている。黄の国よりも大きく広く南北に長く北と南では気候も全く違う。
五王国の人間も何千年もの歴史の中でもその国の存在は知らなかった。
なぜなら妖精王がその先に行くのを阻むからだ。
その広大な大地は未だ未開拓でただ荒野が広がるだけの土地であった。
そこにローゼリンデを抱いたカイトは何者かの力により飛ばされ降り立った。
イシュバラ公爵がそばにいることでその力を抑えていたローゼリンデの魔力が暴走を始める。目に見えぬ魔力がオーラがローゼリンデの身体から溢れ出しその四肢を引き裂かんばかりに渦巻き暴走する。
カイトは為す術もなくローゼリンデの身体を守るように背中から抱きしめる。
「うわぁぁぁぁ…!!」「ふぅぐっ…ぐぁっ」「うわぁぁぁぁん、ぎもぢわるぅいよおおぉ」爪が剥がれるかと思うほどに大地を掴み溢れる魔力を流す。泣きながら鼻水や涙で顔がぐちゃぐちゃだ。身体は幼児なので涙も鼻水も泣き声も止めようとて止まらない。渦巻く魔力はその手の先に出口を見つけローゼリンデを起点とした大地に亀裂が数百キロにわたり走る。さのままに荒れはてた大地は隆起し山となり地平線に変化が起こる。。
大いなる魔力を持った魂の帰還とそれを白い森の彼方へと追いやった力の波動を感じた妖精王はその成り行きを楽しげに眺めていた。神々の思惑はどうあれ ようやく守っていた大地に相応しい主が降り立ったのだ。
「まさしく天地創造だ、あの二人はこの国を創っているなどとは気づきもしていないだろうが、楽しみな事だ」愉快そうに回りを飛び交う妖精達にそう呟く。
そんな楽しげな妖精王とは打って変わってカイトは為すすべもなくただ魔力を放出し続けるローゼリンデの身体を守る事にその力を注ぎ続けた。
「...死ぬな」カイトは無意識に力を込めて囁く。
その後一週間ローゼリンデは力を放出し続ける、飲まず食わず...ただ身体の中を駆け巡る暴力的な量の魔力を制御出来ずに大地にぶつけ放出する。そうやって辛うじて命を繋いでいるのだ、カイトもそのローゼリンデの裂ける皮膚や身体に治癒魔法を常にかけその命を守ろうと寝ることもなく七日...とうとう力尽き危うくなった頃空が暗くなった。「あぁ、ここで死ぬのか」カイトがうっすらとその生を諦めかけた時、荒野に黒い雲が湧き雷鳴が轟いた。
やがて乾いた大地を潤すように雨が降り出した。
この七日間で渇いた身体に頬を伝って唇から雨が入って少し乾きが癒えるとカイトは空を見上げた。
見上げた黒い雨雲の中で小さな虫みたいな何かが蠢いている。虫のように見えたそれはやがて長く蛇のように見えだした。「へ…び?」そう呟いた時、ドサッとローゼリンデが事切れたように倒れ伏した。
「「ローゼリンデ!」」叫ぶカイトの声と何処かから聞こえる声が重なる。
驚いたカイトが仰ぎ見た先には黒い龍…それは何度か訪れた観月の本家の床の間にぶら下っていた掛け軸に描かれている昇龍に酷似しているような気がした。
朦朧とする意識の中なぜかカイトは懐かしさと安堵を覚えじっと龍が降りてくるのを警戒もせずに見やった。黒龍は下降しながらその姿を徐々に変化させ女性の姿になり駆け寄ってきた。
「黒江…か?」その姿は第二秘書にみえる...まさか…やはり…混濁する意識の中で相反する感情が交差する。
駆け寄ってきた女は黒江のようでありまったくの別の何かのようである
「やっと見つけた…無事で…カイトよくぞ守り抜いた」柔らかな光がその手から広がり身体に温かさが戻る「無事?この状態は無事ではなかろうに…。」ローゼリンデに息があるのか確かめる事すらできずに...そこでカイトの意識は暗転した。
黒江は二人を抱え呟く「ようやく三歳の身体になった。予定よりも早い、カイトの帰還に巻き込むとは...あやつめローゼリンデの魔力暴走を狙ったか」憎々しげな表情を一瞬表したがすぐに慈愛の満ちた目になり宝物のように二人を抱き黒龍の姿になるとどこかへ飛び立った。
大地は七日の間に山が森が出来、大河や小川が流れ山の頂にはうっすらと雪が積もっている。降り出した雨により木々の葉は輝きその枝を伸ばし花をつけ実を成す
黒の森からはい出てきた魔獣や白の森にいた妖魔がローゼリンデの魔力に触れ普通の獣に変わる。
この荒野の地にひっそりと獣人や妖怪、魔人はたまた妖精などと呼ばれる者達が地下に隠れるように住まっていたが、その者達も姿を人に近い形に変貌させた。
魔人は精霊と似た姿に獣人は人と同じだが身体が大きく身体能力は獣人の時のままに変化した。変化と言うよりも進化と言った方が良いのかもしれないが、その変化の力の源へと彼らにとって神と思える...ローゼリンデとカイトの近くまでその者達は近づいていた。
圧倒的なそのオーラにそれ以上近づくこともできずにいたその時、彼らの神のもとへ黒龍が現れて二人を抱え飛び上り去るのをみていた。
腰に布を辛うじてつけているだけの者や布を巻いているだけにしか見えぬ人になりたての人々は歓喜する。
この荒れた大地に神が降臨されたと
黒龍がその尾を一振すると裸同然であったもの達は簡素ではあるが着心地の良い衣服を纏っていた。
それは後からカイトのこめかみの青筋をピクピクさせることになるのだが...
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