第15話 通貨ってなんでしたっけ女神さん

 癖のある言葉に、かなり威圧的でありハルミは固まる。上手く、次の言葉が出てこない。


「ち、ちちち違うんです……!」

「何が違うってんだべ?」

「私が悪かったです申し訳ありませんでしたもうお店の邪魔はいたしません」


 脳死気味のハルミの言葉に、店主はかなり困惑する。困惑というよりか、少し苛立っているようにも見える。そんな姿がハルミをさらに刺激したようで、彼女の思考は止まってしまった。

 一切動かないハルミにセレンは困ってしまう。何度袖を引いても応答しない。セレンだけじゃなく、店主も客が失神してしまったなんてことは初めてであり、何が何だかわからなくなっていた。


「おーい、そこの客人べ。しっかりするんだべ」

「ハルミおねえちゃん生き返ってー!」


 やはり動かないハルミ。店主も流石に、こんなやつを店頭に置いておくのも良くない気がして、残念そうな顔をして言った。


「あーすまねえだべが、そんな突っ立ってるようじゃ客も寄り付かねえだべし、そっちのお嬢ちゃんにはわりいがどっかいってくれるだべか?」


 剃られた頭を掻きながら、バツの悪そうな表情で言う。

 するとハルミは、ハッと息が吹き替えるようにセレンを見た。セレンの心配そうな顔が、ハルミの心に突き刺さる。


(私はなんてことをしているんだろう……。セレンちゃんのためにここにきたのに、全然セレンちゃんのためになれていない。それに人間相手にビビって……。というか、あれ、もしかしてこの人ちょっといい人かもしれない……?)


 先程の声のかけ方が、店主の姿とは似合わず落ち着いていて、ハルミは案外いい人なのかもと思う。

 だが怖い印象は変わらず、震えは止まらない。


(うー……セレンちゃんのためだ……セレンちゃんのため……。ほら、私は神、私は神、私は神……)


 心の中で自分が神であることを唱えて、ハルミは今度こそ前を向いた。


「あ? どうしただべか? 買う気なっただべか?」


 ぎゅっと、拳を握る。


「……り、りんご飴を……二つ、ください……」


 小さかった。けど、それは決して聞こえない小ささではない。店主も、はっきりと聞こえたようだ。


 その証に──


「おう、ちゃんと言えんだべな。だったら最初からそう言うんだべ。人を困らせちゃならんのだべよ」


 店主も子供を軽く叱るような感じで、ハルミに言う。

 困らせてるのはそっちでしょと内心思うハルミも、素直にりんご飴二つを用意する店主に、やっぱり優しい人なのかなと思い出す。


「代金は銅貨八枚だべ」

「は、はい! これで大丈夫でしょうか……!?」


 そう言ってハルミが差し出したのは、銅貨八枚ではなく、この下界ラースベルクでも一番高価である白金貨だった。


「おいおい姉ちゃん、そりゃあいけないんだべ!? なんてもん出してんだべ、早くしまうんだべ」


 ハルミが差し出した白金貨を見るなり、店主は驚き焦りながら周りに聞こえないように注意する。

 ハルミはその店主の焦りように刺激され、何かいけないことをやっちゃったのかと自分まで焦りだした。


「な、なななにかいけなかったでしょうか……!? は、白金貨じゃ足りませんか!?」

「い、いや足りるんだべが……」

「な、ならこれで……! し、失礼しました!!」


 白金貨で足りるのを確認したや否や、ハルミはセレンの手を引いて、即座に白金貨を残しその場を去った。これ以上怖い店主と話したくなかったのだ。

 店主は、残された輝く白金貨を見て、頭を掻きながらつぶやいた。


「こりゃあ、困っただべ……」




   †††




「はぁ、はぁ……もういやよ……」


 先程の場所から遠く離れた場所にて、ハルミは椅子に腰を下ろしていた。

 セレンはそんなハルミを、先程買ってもらったりんご飴を舐めながら見ている。


「ハルミおねえちゃんも、怖い事あったんだ」

「い、いやぁ……」


 言葉を濁すハルミ。神であるハルミは、自分がかなりコミュ障であることを、唯一話せるセレンに知られたくはなかった。


「そ、それよりセレンちゃん。どう? りんご飴はおいしい?」

「うん! すごく美味しい! 初めて食べた」

「あぁ、苦労して買ったかいがあったわ……良かったぁ。これからはもっと美味しいもの食べさせてあげるからね!」


 嫌な思いをして買ったが、結果的にセレンの笑顔を見れて嫌な記憶はどうでも良くなってきた。


「ありがとうハルミおねえちゃん!」

「はぁもうダメ天使すぎる……」


 滅多に礼をされることのないハルミが、自分のドタイプである美ロリに満面の笑みで感謝されるというシチュエーションに思考が停止せざるを得ない現状だ。

 美味しそうにりんご飴を食べるセレンを眺めながら、ハルミも自分のために買ったりんご飴を舐める。実際、あの人殺しのような目をした店主が作ったと思えないほどの美味しさだった。一体どういう経緯でこのりんご飴を作るようになったのか、少しハルミも気になる。だが、もうあの店主と話すのは二度とごめんだ。

 そうして、腰かけながら王都の人込みを眺める。人間の世界にこうして紛れ込むことはハルミとしては初めてなのだが、隣にセレンがいるおかげもあってかさほど嫌な気分ではなかった。


 りんご飴を食べ終わった二人は、しばらくの間軽い話をしてその場で休憩していた。しかしその会話が途中で切れることになる。なぜなら大きな悲鳴が二人の耳に入ったからだ。

 悲鳴のほうへと二人は目を向ける。そこには腰を抜かした身なりのいい女性が一人。ある方向へと手を伸ばして唖然としている。その指先は、乱暴に人込みを駆け抜ける男がいた。男の手には鞄が握られている。上等そうな鞄は、男の服装に見合わず、おそらく女性のものだろう。

 要するに、この状況は窃盗に間違いない。

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