第14話 破壊神、病気再発

「か、かわいい……!」


 ようやく選んだ服は、白を基調としたシンプルなワンピースだった。控えめ程度にフリルもついているが。


「やっぱりセレンちゃんは清楚系が似合うよー!」

「そうかな」


 ハルミのベタ褒めに、セレンは頬を赤く染めてもじもじとした。


「うんうん! 私より可愛い!」

「そんなことない! ハルミおねえちゃんのほうがかわいいよ!」

「えへ、えへへ……」


 セレンが褒め返すと、やはりハルミは気色の悪い笑顔をする。セレンも少し、ハルミの事について理解してきたのかもしれない。


「そういえば、なんかいっぱい荷物もってるけど、他に何を買ったの?」


 異様なくらいに荷物を持つハルミに、セレンは純粋な疑問を投げかけた。


「服一着だけだと足りないでしょ? だから他にも可愛い服を買ったのよ」

「そうなの!? うれしい!」


 ハルミが持つ荷物の中に、セレンが気になっていた服が少し出ていたのは、気付かなかったことにするのだった。




 †††




「私の気のせいかもしれないけど、なんだか今日はやけに賑やかだね」


 ぶらりと、散歩感覚に王都を歩いていると、ハルミがそんなことを言い出した。

 実際王都には音楽隊などが来ており、華やかに合奏をしている。

 セレンは、意外そうな顔をしてハルミを見る。


「明日はおうじょさまの生誕祭なんだって」

「へーそうなんだ。だからこんなにも屋台とかあったんだね」


 異様に屋台とか人が集まっているなと思ったら、そういうことかとハルミは納得する。

 ラースベルクの神でありながら、王女様という存在をハルミは全くもって知らなかったのだ。

 セレン自身、ハルミはそういうのを知って来ているのかなと思っていたが、全く違ったため驚きばかりだった。


「じゃあ、明日はもっと賑やかになるんだね。ちょっと楽しみになってきた」

「セレンも生誕祭とか参加したことないから、気になる!」

「よし、じゃあ明日は張り切って楽しんじゃおっか!」

「うんうん!」


 二人とも謎の気合を入れつつ、屋台をめぐっていくのだった。




 †††




「あ、あのー……」

「あ?」

「こ、これください……」

「何言ってんだかわからんだべ! ハッキリ喋るっちゅうのが常識だべよ」


 ハルミは、今まで味わったことのない恐怖に苛まれていた。

 遡ること五分前。

 先程からハルミとセレンは、気になった屋台を一通り巡っていた。何か秘めたる力があるらしいアクセサリーを買ったり、美味しそうな食べ物を買ったりと、思う存分楽しんでいた。


「実は私こうやって誰かと屋台巡りとかしたことないのよー」

「神様なんだったら普通じゃないの?」

「いやぁ、実はそうでもなくってね。私、ずっと誰かとこんなふうに遊びたかったんだよね。だからセレンちゃんと会えて本当に嬉しいの!」


 いつになくデレデレなハルミ。だがセレンも楽しそうにしていたため、酒に酔った時を更に凌駕する勢いだった。


「セレンちゃんもさ、他に行きたいとことかない?」


 自分の行きたいところばかり行って申し訳ないという気持ちが芽生えたのか、ハルミがそう聞く。


「うーん、あ、じゃああそこに行きたい!」


 ハルミの問いかけに、セレンは少し辺りを見渡して、指を差した。

 そこはりんご飴の販売する屋台だった。のだが、あまり売れていないのか、全くりんご飴が減っていない。それよりか、その屋台の周りだけ人が全然いない。

 だがハルミはそれを好奇と捉える。


「お、人全然いなくて良いね! ラッキーだよセレンちゃん…………うん、やめようセレンちゃん。違うとこに行こう」


 好奇と捉えたのも束の間、店主を見たハルミは一瞬で態度を変える。


「えー、どうして?」

「いや、うん、まあ……」


 人が全然いないのも当然だろう。りんご飴を販売する店主が……明らかにヤバいのだ。例えると、もう、熊だ。

 普通じゃない巨体に、体のあちこちにある刺青。そして人を殺めたかような悪い目つき。

 そんな人がいる屋台とか、誰が行きたいと思うのだろうか。

 でも、流石に神であるハルミが、人間ごときに恐れを抱いていることがバレるのはまずいのか、言葉を濁す。


「……行きたかったなぁ」

「……ッ!」


 セレンの悲しそうな言葉に、ハルミは苦悶の表情を浮かべる。

 自分で言っておきながら、守らないのは良くない。ましてや、それが神の言葉であり……。

 自分の気持ちを、無理やり押し殺して、ハルミはセレンの手を強く握った。


「ウ、ウン。セレンチャン……リンゴアメ、タ、タベニイコッカ……!」

「え……? ど、どうしたのハルミおねえちゃん!?」


 何かハルミがいつもと違うのか、セレンは心配する。

 だがハルミも自分の事なんて心配しないでと言って、ロボットのような足取りで、りんご飴の販売する屋台へ近づいていくのだった。


「ハルミおねえちゃん、無理しなくても良いからね?」

「ムリナンカシテナイヨ……」


 あ、これダメなやつだ、とセレンは感じ取った。何故か、ハルミはたまに壊れるらしい。

 とうとう、そのままりんご飴の屋台へと着いてしまった。ハルミは固まったままだ。

 おまけに店主は……何かを読んでいるらしく、こちらにまったく気付いていない。

 セレンはどうしたらいいのか全く分からず、とりあずハルミの袖を引っ張る。


「は、ハルミおねえちゃん……?」


 応答は無し。完全にダメかもしれない。でも、セレンはお金なんて一切持っておらず、自分でもどうしようもない。

 そんな状態で困っていると、ハルミがハッと意識を取り戻したように、前を見た。


「ご、ごめんセレンちゃん……。あんまりこういうの慣れてなくて……い、今頼むからね!」


 先程よりかは緊張も解けた?のか今度はしっかりと前を向いた。そして……。


「……あ……あ、あ、あの……」


 小さすぎる声で店主を呼んだ。これだけは、嘘偽りなく小さい。小さいなんてものじゃない。ほぼ息に近いような感じの囁き声だ。

 当然店主は気付く様子もなく、ずっと新聞のようなものを読んでいる。


(こ、これはなかなかにレベルが高い……! くっ、神ならまだしも、人間相手にこう手こずるとは……。日頃から人と話しておけばよかった。ああ、もうだめだ。こんなダサい姿をセレンちゃんに見られたなんて……)


 セレンにダサい姿は見せられない。そう思い、ついにハルミは決心した。


「あ、あのー……」


 先程よりも多き声で店主を呼んだのだ。ハルミにとっては人類の歴史を凌駕する進歩だった。

 店主は、のさりと読み物から目を話して、こちらを見た。鋭い目つきに、剛毛な髭。そして筋骨隆々な巨体。ハルミは震える。


「あ?」


 開け口一番に放たれた言葉が、挑発にも聞こえるそれ。野太い声に、ハルミは今にも倒れそうになるが、踏ん張り唇を噛みしめ次の言葉を放った。


「こ、これください……」


 やはり小さい声だ。セレンですら、ギリギリわかるくらいの、小さな声。そんな声に、店主は少し眉を寄せて言った。


「何言ってんだかわからんだべ! ハッキリ喋るっちゅうのが常識だべよ」

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