第12話 とうとうやっちゃいましたね破壊神さん

 あの後、セレンは眠りについてしまった。

 腹を満たして、今までの緊張も途切れたせいなのか、突然眠気が襲ってきたのだ。そのままソファーに身体を倒して、寝息をたてて寝てしまった。

 ここで寝ることは構わないのだが、一つ難点があるのだ。それは──


「うふ、うふふへへぇ……」


 ──ハルミの前に無防備な姿を晒していることだった。

 ハルミは気持ちの悪い笑い声を出しながらセレンをじっくりと眺めている。


「でへへぇ、このぷにぷにですべすべなほっぺた……」


 右手の人差し指を、セレンの頬にツンツンとする。しまいには汚らしい涎を垂らしながら、寝静まったセレンの顔を撫で始め出した。


「デュフ……あぁ、やっぱりロリのほっぺたは至高だ……」


 両手で両頬をむにゅむにゅと延々に弄り回している。セレンも色々なことがあったため疲れているのか一向に起きる気配もない。


「せ、せっかく目の前に、超絶可愛いロリが寝ているんだから……何してもいいよね……? わ、私は神だから……デュフフ」


 神だから人間に何してもいいという意味の解らない理論を立てて、今度は腹部辺りを触りだした。神のくせして不道徳に近いことを行うのは一体どういうことなのだろうか……。


「あっ……だめ……やわらかくて、気持ちいい……」


 誰がどうみても、この神とやらはもう手遅れだった。この腐り切った性根は直らないであろう。

 だが、それ以上は踏み出せないらしく、頬や腹や手を繰り返し触っている。


「くっ、なんだ、良心なのか……? いやダメ、こんな最高の機会はもう二度とないかもしれない……!」


 彼女はもっといろいろなところを触りたいらしい。もうちょっと、下のところとか……。

 だけどまだかろうじて残っている良心がその欲求を抑えつける。


(……うぅ……うー、この際あれだ、もう成り行きでーとか不可抗力でーとか言って事後承諾ってやつを行えばいいでしょう……セレンちゃんなら許してくれる……!)


 かろうじて残っていた良心も、莫大な欲求には勝てなかった。

 ハルミは息を殺して、ゆっくりと手を下へ下へと移動させていく。そして、セレンの薄いワンピースの布端部分へと手を近づけていき、その内側へと滑り込ませようと──


「……んん……ハルミ、おねえちゃん……」


 刹那、ハルミはその場から光速を越えた神速で飛び退く。セレンの死角である、家具の陰に身を潜める。

 一切の物音すら鳴らさず、先程までそこには何もなかったかのように。一迅の風さえ許さず、あるべき理をも滅びてしまう。それは、まさに御業であった。

 セレンは一度、寝返りを打ち、また規則的な寝息を立てだした。

 その頃ハルミは……


(はああああやばいやばい死ぬとこだった……。本当に、精神的に。今初めて実感したし、この身体能力があって良かったって。あー久しぶりに焦ったー)


 ひたいと、こめかみに汗を流して、静かに息を切らしている。神たる余裕などは一切消え、全神経を目の前にいる少女に集中させている。

 静かに、綺麗な寝息を立てるセレン。その表情は、1日も経たない時間を噛み締めるように、幸せだった。


「……ただの寝返りだったのね」


 セレンが寝ていることを確認してから、彼女はセレンの元へと近寄る。


「どんな夢を見ていたんだろう……」


 ハルミおねえちゃん、とセレンは言った。だから、もしかして自分のことを……とハルミは妄想にふける。でも、そんなことはないかと、妄想するのもすぐにやめた。

 セレンのひたいに手をあてる。あたたかい、人間の熱だ。


「やっぱり、この子には勝てないわね」


 ハルミはそう呟いて、セレンを抱え使わなくなったベッドの方に移動させた。そしてハルミもそのままセレンの隣に横たえ、目を瞑る。当然、神には睡眠欲というものがないため、セレンが起きるまで、ハルミはそうしていた。

 じっと、何を考えるとか、そういうのもなく、ただ、横たわった。




   †††




「おはよう! セレンちゃん」


 セレンが目を覚ますと、目の前からそんな声が聞こえた。昨日会ったハルミの声だ。


「お、おはよう……ハルミおねえちゃん!」

「ん? どうしたの?」


 少し戸惑うセレンに、ハルミは優しい顔で問いかける。


「挨拶なんてされたことないから……」

「え、そうなの!? なんてやつだ……こんなにかわいいセレンちゃんに挨拶をせんやつは……全員この手で……」


 ハルミが意味のわからないことを言っているのは、気にせずに、セレンは周りを見渡す。

 散らかった部屋に、唯一無傷なベッド。そして、やっと今の状況を把握した。


(セレン、寝てたんだ……。ベッドで寝たの、初めて……でも……)


 セレンは、ハルミと会う前のことが、頭の中に過った。毎日の、好きじゃなかった生活を。人におびえ、辛かった記憶が。


「は、ハルミおねえちゃん……」


 ハルミは俯くセレンを、不思議な顔で見た。


「汚いからだで、寝てしまってごめんなさい……。あとで、ベッド掃除しておきます……」


 呪われたかのような感情をしたセレンに、ハルミは何かを感じ取った。


(セレンちゃんが、おかしい……? 何かにおびえているような感じ)


 そういえば、とハルミは思う。セレンは、どんな生活をしていたのだろう、と。もしかしたら、辛い……もっと言えば、奴隷生活のような……。

 そこまで考えて、これ以上は掘り下げたくないと思いハルミは考えるのをやめた。俯くセレンに、顔を向ける。

 ハルミは両手を伸ばして、そっとセレンを抱きしめた。優しく包み込むように。


「セレンちゃん。セレンちゃんは汚くないよ。そんなことないから」


 セレンが心配しないように、ハルミはセレンに顔を合わせて、微笑んだ。


「それに、私は神様だよ? 掃除くらい一瞬で出来ちゃうから。ほらほら、見ててね!」


 ハルミはベッドから降りて、右手を上に掲げた。

 すると、ベッドの周りが、白い光線で覆われていく。セレンの周りを、輝く白鳥が踊るように、美しく舞った。


「破壊をつかさどる女神、ハルミよ……。一切の穢れは許さぬ。我が権能を用い全てを滅ぼしてくれる」


 ハルミが唱え終わったと同時、視界が包まれるほどに強い光が部屋を覆った。

 少しすれば、光は徐々に小さくなっていき、やがて消えた。


「ほら、終わったよ。一瞬だったでしょ〜」


 セレンは辺りを見渡す。部屋の散らかり具合は変わっていないが、その全てが少し輝いているような気がした。

 自分の、汚れていた服も、すっかり新品同然に綺麗になっていた。いくらか肌も綺麗になったような気もする。


「……ハルミおねえちゃんすごい! ありがとう! 大好き!」


 そう言って、ハルミへ抱きつくセレンに、ハルミは気色の悪い笑顔を浮かべるのだった。


(あ、でもお風呂シチュエーションの方が良かった気がするなぁ。一緒にお風呂に入ってえ……えへ、えへへ……)


 こんな駄女神が近くにいるなんてセレンは気付かないのだろう。

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