第11話 初めてのお化け屋敷
ハルミとセレンは、天界で初めて訪れた場所にいた。そう、そこは異様な雰囲気を放つ一軒家だ。
ドアノブは同然のように壊れ、窓ガラスにはヒビが入っている。みかんのいい匂いはするものの、それと対照的なものが建っているためあまり意味は為していない。いや、みかんの木がなければ余計にひどいのか、とセレンは思う。
「遠慮せずに入っていいよ〜」とハルミは言う。だが、実際こんなモンスターハウス? 幽霊ハウス? みたいなところには入りたくないものだ。それこそお化け屋敷みたいなもの。
でも人のご厚意を無駄にするわけもなく、仕方なく玄関をくぐった。
最初に来た時は外の景色ばかり気が行って、あまり家の内装など見ていなかった。だが改めて見てみると、流石に動物が住めるような環境ではないことがわかる。セレンはそんな家にハルミが生活できていることに尊敬の念を抱いた。
案内されるがまま進むと、いくつか新品同然の家具が置かれてある部屋についた。豪華すぎるソファーやベッド。これは破壊の力を制限された後に新調したものなのだろうか。
そう疑問を抱いていると、ハルミはソファーに座って手招きをしてくる。なのでセレンもハルミの横にちょこんと座った。
「これからどうしよっかー。じいちゃんあんなこと言ってたけど、ゆっくり考えてみると意味わからないしあても何もないからなぁ。セレンちゃんは何か知らない?」
「んーセレンもなに言ってるかあまりわからなかった」
「そうだよねぇ」
とそこでハルミは一番重要なことに気付いた。何故気付かなかったのだと自分の頭の悪さに後悔するほどに。しかしそれを口に出してはいけないほうが良かったと後々気付くことになる。
「セレンちゃん! そういえばお父さんお母さんは大丈夫なの!? 家に戻らなくても大丈夫……?」
「…………」
予想外にもセレンは黙ったままだった。
「どうしたの?」
「……ないの……いないから、大丈夫……」
ひどくとぎれとぎれの声に、ハルミは全てを察してしまった。
「ご、ごめんセレンちゃん! ごめんね!」
自分の失言に後悔しながら、ぎゅっとセレンを抱きしめる。強く、でもセレンが痛がらないように。
見たら気付くことだった。汚れた白いワンピースに、あまり手入れのされていないブロンズの髪。靴は履いているものの、わらじのような粗末なものだ。裕福な王都でこんな服装をさせる親などあまりいないだろう。
「いいの……。今はハルミおねえちゃんがいるから」
もう一生一人にさせないとハルミは誓う。これ以上つらい思いをさせたくない。
そう思って強く抱きしめていると、ぐぅ〜と腕の中から音がなった。
「ん……?」
腕を解いて、セレンを見た。セレンは顔を真っ赤に染めており、お腹に手をあてている。
「……恥ずかしいよ、ハルミおねえちゃん」
「あっ、そうだったね。神はお腹とか空かないから、すっかり忘れちゃってた! ほんとに迷惑ばかりかけてごめんねセレンちゃん」
自分なんかがセレンを世話することは、セレンにとって良くないことだとハルミは思い始めた。もっと人と関わりを持っておけばよかったと、先程から後悔の連続だ。
「ご飯にしよっかー! と言いたいところなんだけど……」
ハルミは顔を歪める。
「私料理できないんだった……」
そもそも普通の神は何も食べないし、料理なんかもっとしない。娯楽のため酒などは飲んだりするが、それも自分の欲を満たすもので栄養素ではない。そしてその酒すら底をついたし……。
「そういえば」
ハルミは思い出す。そういえばこの家には大量に食べ物があったのだと。趣味で育てていたつもりがこんなところで役立つとは。
「私の家にはねぇ、大量にみかんがあるの! 美味しい美味しいみかんなんだよ!」
そう言ってちょうど机の上に重ねていたみかんをセレンにあげた。
「みかん?」
不思議そうにそれを見るセレン。ラースベルクにはみかんというものがないらしい。
セレンは手に持ったみかんを、そのまま口に入れようとする。
「あ、ダメ! みかんはちゃんとむいてから食べないと。ほら、見ててね」
ハルミは机の上にあるみかんをもう一つ取り、セレンの前に持ってくる。そしてへたを下に向けてから、皮を綺麗に五つにむいてみせた。
「どう? セレンちゃんもやってごらん」
セレンもハルミの真似をして、手元にあるみかんをむき出した。ハルミ程綺麗には向けなかったが、ちゃんと全ての皮がむけられた。
「うん! 上手だね! じゃあ食べていいよ!」
そう言ってハルミはむけたみかんを切り離しながら、一つずつ食べ始めた。セレンもハルミの真似をして口に入れる。
みかんを噛んだ瞬間、セレンは感動に包まれた。
「──甘い!?」
「でしょ! 甘いでしょ!」
プチっと果汁が弾ける感覚。その果汁が舌を伝った瞬間、味わったことのない甘さが身体に染み渡ってくる。そしてその甘さを覆うように酸味が襲ってくるがそれも一瞬、また甘い果汁が口の中を包む。残る果肉もなかなかに甘く、これで一生暮らせそうだと思ってしまうほどの美味しさだった。
それが一個のみかんに何回も体験できるのだから、それこそ最高の果物だった。
「美味しいでしょ〜」
「うん! こんなにおいしい食べ物ははじめて!!」
セレンは甘いものを食べられる幸福を噛み締めながら、手にあるみかんを頬張った。
まるまる一個食べ終わったら、ハルミが綺麗にむいてくれたみかんをまた渡してくれた。喜んで食べる。
「このみかんはねー、完璧な環境のもとで育ててるから、みかんの中でも最高品質なんだよ! ふふー心いっぱい食べてねー」
みかんの美味しさを共有できる友達がいなかったため──正確には友達がいないため、こう語り合える人がいてハルミは大満足していた。
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