第10話 救うってどうすればいいのよ
「……ジェネおじいさま……!」
一度話してしまえば心を許してしまう特性があるセレンは、もう相手の立場をあまり気にもせず喋る。
「……まあ良い。儂も親しげにしてもらったほうが話しやすいのでな」
ジェネも了承のようだ。
「時にハルミよ。セレンは人間であろう」
ハルミの表情が変わる。
「人間を天界に連れてきても良いという教えをお主にした覚えがないが。そして、よりにもよって儂の目の前で、イメイシスでその力を使うとは……どうなるか、わかっているであろうな?」
「うっ……」
ハルミは胸に手を当て悶え始めた。
「また下界でのこともじゃ。どうせそのことで来たのであろう。まあ良い、ここに来た理由を聞いておこう」
ジェネの言葉に、ふぅふぅとハルミは深呼吸し気分を落ち着かせた。
「……せ、セレンちゃん……あとは……任せた……」
ハルミはもう死にかけのようだ。
セレンはそんな死にかけハルミの意思をついで、ジェネに向けて声を発す。
「おねがいします……! ハルミおねえちゃんのために、お酒を飲ませてあげてください!」
こんなお願いをしたのは人類で初めてであろう。というよりかは後にも先にもこのような事例は起きないであろう。
ハルミはセレンの言葉に目を瞑る。先の言葉は大体予想がついていたからだ。
「……それは無理なお願いじゃな」
「どうして……!?」
あっさりと否定され、セレンはテーブルに身を乗り出した。
つい先程までは希望に満ち溢れていたセレンが、たった一言でその希望が打ち破られたのだ。
「……どうして……なの……」
セレンの言葉にジェネは何も言わない。
「……セレンのせいで……ハルミおねえちゃんが……」
目線が段々と落ちてくる。自分のせいで他人を不幸に追いやったのだと、自分の存在がダメなのだと。
ハルミもそんなセレンを見て掛ける言葉も見つからなかった。もっと、天界に来る前に止めておけばよかったと後悔する。
「じゃあ……じゃあセレンが何でもするから! 何でもする、から……だから、おねがい……」
ついにセレンの目元に雫が浮かんできた。
もう半ば諦めていた。最初に気付いておけばよかった。神に説得するなど現実的ではないと。後でハルミに何と言えばよいのか、そんなことすら頭によぎった。
見ていられない、とハルミがジェネに何か言おうとした瞬間、ジェネの口を開いた。
「じゃが、方法もなくはないぞよ」
「ホントに!?」「ホントなの!?」
セレンとハルミが同時に言う。
「うむ」
「それは何なんですか!? お酒が飲めるのであれば、この私、何でもします! 水商売でも何でもしますので!」
「それはいかんわ! 何を言っているのじゃ。神がそんなことして良いわけ無かろう。それこそ一生酒などやらん」
「はい、申し訳ございませんでした」
自分の失言に深く反省をするハルミであった。今考えると水商売なんて発言をした自分に驚いている。
「ジェネおじいさま、はんせいしてますのでおしえてください!」
慣れない敬語もどきてセレンはジェネに頭を下げる。
「……ハルミよ」
「はい」
「儂が何故お主にラースベルクを任命したのかわかるかい?」
「理由とかあったんですか。知りません」
「……任命する前に言ったのじゃがなぁ。絶対聞いていなかったな」
小さな声でジェネは言った。
「なにか言いました?」
「いや、何も言っておらん」
「そして、その理由って何なんですか」
「ああ、お主にはラースベルクを救ってほしいのじゃ」
「救う?」
ハルミは首をかしげる。ジェネの言っている意味がわからなかったからだ。何故なら、別にラースベルクに魔王とかがいるわけではないし、実際すごく繁盛していて活気も良かった。
後何が必要なのか何も理解できない。魔物がいない世界にすればよいのか、はたまた下界一の魔法科学世界にするのか、どうしたらいいのか何一つわからない。
もっと言えば、ハルミにラースベルクを操る権限がないのだ。仮権限みたいなもので、ラースベルクの深層など見られないし、操ろうもの破壊の力を使ってやっとできるかどうかだった。
一体後何が必要というのか……。
「そうじゃ。救ってほしいのじゃ」
「何をどうすれば」
「あの世界には何か一つ足りないことがあるのじゃ。その
「そう言われても……」
「酒が飲めなくても良いのじゃな?」
「やります! 誠心誠意頑張りたいと思います」
酒の話を出されたら弱いハルミは意味のわからないままそう誓ってしまった。
セレンも良かったぁと安堵している。
「ただ」
ジェネが低い声で言う。
「ラースベルクにはあまり手を出さないでほしいのじゃ。最小限の力でその欠けを埋めてきてほしい」
「どうしてですか」
「ラースベルクはお主の星ではないことは知っているじゃろう?」
確かに、とハルミは思う。破壊の力を使ってはいけない理由。
ハルミは代わりにラースベルクを任命されている。元々誰が治めていたのかわからない星を。
自分のものを他人に勝手に壊される気持ちはどうだろうか。さぞ嫌であろう。それと同じらしい。
「善処します……」
「ならよろしいのじゃが……他に何か聞きたいことはないのか?」
ジェネは質問へと促した。
するとセレンがはいはいっと手を上げる。
「どうした、セレンよ」
「神さまって歳をとるんですか?」
確かに神は人間と違って永久不滅と言われる。だが創造神ジェネの身体はセレンから見ても老いぼれ同然だ。
「お主が聞きたいのは儂らが老いるかどうかであろう。正確に言えば老いはせぬな」
「じゃあなんでそんなにしわしわなの?」
もう相手の立場を忘れたかのようにセレンは聞く。
「儂の場合じゃが、人間が一番多く想像した創造神という姿がこれじゃったのじゃ。一応創造神故どのような姿にでもなれるのじゃが、この姿が一番楽なのじゃ」
「へぇーハルミおねえちゃんも?」
「んーどうだろー自分でもよくわかんないや」
「まあそこは神それぞれじゃな。司るものに適応した身体になるのが主であろう。これでよいか?」
ジェネの説明にセレンは頷くが、幼い彼女は内容があまり入っていないようだった。
「さて、もうよいであろう。天界に人間を長らく置くことは許されぬ。尚更こんなところではな」
「私もセレンちゃんを泣かそうとした神と一緒にいるのも気が知れないしすぐ帰りますよー」
ハルミはジェネに向け舌を出し、セレンの頭をより一層撫でた。
「う、うむ。そのことはすまぬ……」
「詫びに何かしてくれるわけでもないし……やっぱりこんな老いぼれと相手するのが間違ってたんだ」
「いや悪いのはお主であろうに……」
「はいはーい、セレンちゃん、こんな脳がイカれた老人を相手するのはやめましょうね〜。聞くこと聞いたし帰ろっか!」
「……頭がおかしいのはどっちじゃ……」
ジェネは不満をあらわにする。実際ハルミの頭がおかしいことは神たちの共通認識らしいが、ハルミはそれに気付いていない。ジェネもそのことについて言う気にもなれない。
ハルミがセレンを抱きかかえて立ち上がりこの百畳程ある部屋を出ようとする。
「あ、最後に確認なんだけど」
ハルミが振り返った。
「さっきの話、本当なんだよね?」
「儂は嘘などつかぬ」
「もし、嘘だったら、この都市がどうなるか、わかっているだろうな? 私のフルパワーで……」
「や、やめるのじゃ! 嘘などつかぬと言っている!」
ジェネは慌てて言っていることを正す。
「なら良いけど」
ハルミはそう言って踵を返した。
「はぁ、いつになっても恐ろしいわい……」
誰もいなくなった部屋で、ジェネはため息を吐いた。
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