第9話 コミュ障ド陰キャ女神

 思わぬ声に、ハルミとプロストは声の主、上空へと顔を上げた。

 プロストの手から、剣が落ちる。同時にそれは光の粒子となって消えていった。


「創造神、様……」

「おじ、ちゃん……」


 見上げた先には、白いひげを真っ直ぐに伸ばし、皺のある身体をした創造神がいたのだ。

 創造神はそのまま降りてきて、プロストとハルミの間に立った。


「プロストよ、わしは守護しろなど頼んでおらぬ」


 威厳のある声に、プロストは焦りながらも答える。


「ち、違うんです! 不審な人物が侵入したため、俺が身元を確認しようとしたのです!」


 プロストはちらっとハルミの方に目をやる。


「お主、まだ気付かないのか。幾年天界に身を置いている。七大神というものは知っているか?」

「知らない神などいません!」

「そうか……では言ってみなさい」


 何を当たり前のことを聞くのかとプロストは疑問に思うが、創造神の命令なためすぐに言う。


「創造神様、時空神様、未来神様、遊戯神様、制督神様、霊癒神様、そして破壊神様でございます」

「言えるではないか。では、あちらの神の名は?」


 そこで、創造神はハルミに指を指した。


「ええっと、それが正体を明かしてくれないのです」

「何を言っているのじゃ。先程口にしていなかったか?」

「はい……?」


 とうとうプロストは創造神の言っている意図が分からず首を傾げた。


「はぁ、儂が言うのもなんじゃが、全く会議に顔を合わせない神がいたであろう」

「え……あのコミュ障ド陰キャ女神のことですか!?」


 創造神は目を見開き、プロストに大声を出す。


「や、やめろ! お主それ以上言うと──」


 創造神の忠告も間に合わず、どこからか、漆黒に赤を帯びた巨大な太陽が、プロストに降り注いだ。


 音さえも飲み込み、周囲の建物はことごとく消え去っていく。


 光が戻ってきたのは、少し経った後のことだった。今度は眩い光を放つ太陽が宙に浮かんでいき、闇が光へと変化していく。

 そして先程とは変わった若々しい声が、怒声をまき散らす。


「はぁはぁ、なんてことするのじゃハルミぃ!」


 創造神だ。だが、皺のあった身体が筋肉に覆われており、前の面影はなくなっている。


「儂が結界を張らなければプロストは消滅していたぞ!! ほら見てみろ! 現に気絶している!」


 指を指す方向には口から涎を垂らしたプロストだった。白目をむいており、新しく出来た地面に倒れている。


「言ったではなか! お主の神聖術は力が強すぎるんだと! ほら、何か行ってみろハルミ!」


 そう、あの漆黒の太陽はハルミの神聖術であり、あれを受ければ神であっても普通は跡形もなくなる。そのような危険の技なのだ。

 ハルミはそんな創造神に言訳をする。


「ち、違うんです! アイツが悪いのよ! 私の事を、こ、コミュ障ド陰キャ女神なんて言うからです!」


「まあそれは否定できないが、そんなものにいちいち反応するな! はぁ、久々に焦ったわ!」


 長らく使っていなかったのか、久しぶりに使った力に創造神は息が上がる。そして、筋肉に覆われた身体は段々としぼんでいき、やがて最初に見た皺のある身体へと戻った。


「す、すいません……」

「あーよい、見物客が来る前に早く逃げるぞ」


 創造神がそう言うと、神聖陣がハルミとセレンを包んでその場から消え去った。……プロストを除いて。


 その後、守護神プロストが醜態を晒しながら気絶していることが、ここ最近の笑い話になるということはまだ誰も知らない。




 †††




 気付くと、セレンはイメイシスに来て見た都市の城らしきところの内部にいた。

 見上げてもどれだけ天井が高いのか目星がつかない程の広さと、初めに見たあの美しい壁面に覆われた建物だったため、そうとしか考えられなかった。

 ハルミを見ると、ここには来慣れているのか一切動じず、歩き出す創造神に付いていっている。セレンも慌ててその後をついていった。

 向かった先は、百畳程の広さを持つ部屋だった。部屋の中心には、巨大な会議用テーブルが置かれており、そのテーブルの周りには七席配置されていた。上座と、挟んで等間隔に置かれた三席。

 創造神は当たり前のように上座の方に座った。次いでハルミはそこから一番遠い席に座る。

 セレンはどこに座ればよいのか困っていると、ハルミに声をかけられた。


「セレンちゃん、こっちおいで。私の上に座る?」


 ぽんぽんとハルミは膝の上を叩く。セレンは喜んでそこに飛び込んでいった。


「ここに座るのもいつぶりだっけなー。やっぱいつ座っても座り心地だけは良いんだわ……」


 膝の上にちょこんと座るセレンの頭をよしよしと撫でながら、ハルミはその極上な椅子の背もたれに背中を預ける。


「せめて100年に一度は顔を出しなさい。お主が来ないせいで他の神もお主の存在を忘れておるのじゃ」

「それでいいのよ。そのまま忘れちゃってくれていいのー」

「良くないわい。はぁ、とにかくまず言うことがあるじゃろう。その子は何なのじゃ。何故連れてきたのじゃ」


 そこでハルミはセレンの耳元で、「ほら、自己紹介だよ」と小さく呟いた。

 セレンは改めて思う。目の前にいる方は、神なのだと。人間とは遠く離れた存在。王都に住んでいたときに見た、あの王様など比にならないほどの位だと。

 緊張と恐れで、口が開かない。


「大丈夫だよ。じいちゃんは優しいし、もしセレンちゃんに何かあったら例えじいちゃん相手でも容赦はしないから」


 セレンの緊張を察したのか、ハルミはセレンの耳元に優しい声で、解くように囁いた。

 その美しく優しい声が、セレンを包み、創造神に向けて口が開いた。


「……せ、セレンは、セレンって言います……!」


(い、言えた!)


 ペコリとそのままお辞儀をする。


「ふむ、セレンと言うのか。良い名じゃ」

「でしょでしょ!」


 激しく同意するハルミ。セレンも名前など褒められたことがないので何かむず痒い気分だった。

「では儂も軽く紹介をしておこう。儂の名はジェネ。この天界イメイシスを創造した神じゃ」

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