第5話 お酒だなんて言わせないでよ
「知ってた」
ハルミの告白に、元からそう言うとわかっていたかの一切表情を変えない反応。
「いや反応薄っ! なんか余計傷ついた気がするけどセレンちゃんだし気のせいか」
「けど、だった?」
「そうそう、だったのよ。まあね、これにはふかーい理由があってね……聞きたい?」
「聞きたい!」
セレンはハルミの言葉に目を輝かせ耳を傾ける。
「んーまあだったっていうか、一応破壊神ではあるんだけど、名目上では破壊神ではないってなってるだけ」
「というと?」
「今は立派な可愛くて清楚な女神よ!」
「…………」
流石にここまでくると反応できないのか、セレンも言葉が出ない。
「……うぅ、ごめんなさい……」
ハルミも居心地が悪かったらしく、頭を下げる。
実は人間相手に頭を下げるのがこれが初めてだったりして……。
「あ、ううん! 大丈夫! 可愛いのは事実だから!」
「……ち、ちょっと何かおかしいとこがあるような気がするんだけど……ああそういえばまだ理由を教えていなかったね」
「うん、何があったのー?」
「セレンちゃんは、神も人間のように色々いるって知ってる?」
彼女の問いかけにセレンはうーんと顎に手を当て考える。
「聞いたことあるような気がする」
「その中でもね、やっぱりお偉いさんもいるわけなのね。そのうちの一番上の位の神達が
この世界には、いろいろな神が存在する。ハルミのように破壊をつかさどる神がいれば、創造をつかさどる神もいる。そして、その中でも記録される限り最初から存在していた神たちが、七大神と言われている。
七大神──その上をいくものはなく、対等に渡り合えるものは七大神のみ。
そう、ハルミはすごく偉く強い神なのだ。なのだが……。
「なんだけど、なんかあのおじちゃん私に対してものを破壊しすぎだの、秩序を乱すだの色々言ってきてさ! 破壊しすぎってなんなのよね……破壊するのが私の仕事でしょ……。あーまあ、ちょっとそういうことでなんか反省しろということでこの世界の女神やらされてます!」
「おー! なにかよくわからないけどすごい!」
「うんーセレンちゃんはいい子いい子。よくわからなくて大丈夫だよ〜」
セレンはハルミの手のひらにくすぐったく撫でられる。
「えへへぇ〜。そういえば、その言いつけを守らなかったらどうなるの?」
「あーえぇっと……笑わないでくれる……?」
セレンの疑問に、ハルミはもじもじとしながら言う。
「うん! だからハルミおねえちゃんが何しても嫌わないって言ったでしょ? 大丈夫だよ」
「なんて優しい……じゃあ、ちょっと耳貸して」
周りには誰もいないはずだが、言われた通りセレンはハルミの口元に耳を近づける。そして、小さな声でぼそっと。
「
「……へ?」
「だから、何度も言わせないでよー。
「は、ハイボール……?」
何を言っているのかわからないという風にセレンは首を傾げる。
「ハイボールって、なに?」
ハルミはついに顔を真っ赤にさせ、セレンに言った。
「お、お酒よ!……ああもうなんてこと私に言わせるの!」
そのまま爆発するのではないかというほどに顔を赤くさせ、恥ずかしいのか声を大にしてハルミは言う。
「じゃあそう言ってくれればよかったのに」
「あ……ち、違うの! ちょっと……」
「ちょっと?」
「……セレンちゃんに酒を飲む女って知られたくなかった」
そんなハルミを見て、セレンも慈しむような目で言った。
「ハルミおねえちゃん……お酒は誰でも飲むから」
「そうよね。そうよね……そうなの!?」
知らないのも当然だろう。
ハルミは、極度に内気な性格だからだ。誰かと酒を飲むことなど一切したことがない彼女にわかるはずもない。
というのも言い過ぎにすぎないのだが。本当の問題はセレンにある。
「セレンが知ってる人はだけど」
長年生きているハルミにわからないものは当然少なく、やはり経験の少ないセレンは憶測が多くなる。
「でも、やっぱりお酒飲む女ってだらしなくない?」
「んー、わからなーい。だけどハルミおねえちゃんは優しいから大丈夫!」
「へへ、セレンちゃんも優しいよ~」
愛心に満ちたハルミの手のひらに撫でられながら、ふとセレンは良いことを思いついたと言葉に出す。
「その創造神?って神がお酒くれないんだったら、この王都ミジェリエでお酒を飲めばいい!」
「あーえーっとぅ……」
「ね! 良い考えでしょ!」
笑顔で言うセレンにハルミは気まずそうにする。
「ちょっとね、それじゃダメなの……」
「どうして?」
「私ってさ、結構生きてきたのよ。それで、そこら辺の下界の酒じゃ物足りなくなっちゃって……だから、創造神が創る酒じゃないと飲めなくなっちゃったの……」
もう今となっては、人間が飲むアルコール20%程度じゃ物足りなくなったと。
というか、ハルミですらあれには何が入っているのかはわからない。創造神が伝えていないだけなのだが。
「えーじゃあハルミおねえちゃん……」
「大丈夫大丈夫! 私が我慢すればいいだけだから」
「でも……」
「だから大丈夫だってばー」
「……セレンを助けるためだったのに……セレンのせいで、セレンのせいでハルミおねえちゃんが辛い目にあうなんて……」
セレンの目に涙が浮かんでくる。
セレンが捕まっていなかったらハルミはお酒を飲めたのに。そう思うセレンに、ハルミは慌てて彼女の元に屈んだ。
「あーセレンちゃん泣かないで! 違うの! あのーとてもいいにくいんだけど、あいつら程度神器使わなくても勝てるのよ! でも、やっぱり感情に任せちゃって……。だからセレンちゃんのせいじゃなくてね、完璧に私のせいで……」
セレンちゃんのせいじゃないよ~、とハルミはセレンの頭を撫で続ける。
するとセレンは、意を決したかのように目元を手の甲で拭い、
「……もう、セレンが言う」
と前を向いて言った。
「え……な、何を……?」
「セレンが言う。セレンが創造神に、ハルミおねえちゃんは何も悪くないって、だから許してあげてって直接言う!」
一瞬ハルミは頭に『?』を浮かべ、数秒後にやっと言っている意味を理解する。
「いやいやいや無理だって! せ、セレンちゃん、私の聞き間違えだったらあれだけど、あの、無理だからね?」
「どうして?」
「いやだって、まず人間が天界なんていけないし……」
「ハルミおねえちゃんがなんとかしてくれる!」
「ま、まあ無理なこともないけど……」
「じゃあ大丈夫!」
「…………」
ハルミは今、過去一番に頭を悩ませていた。
セレンが言っていることの意味があまり理解できないのもあるが、まず人間が天界に行くことが極めて難しいことだ。確かに前例がないこともない。だが、それが何事もなかったといえば嘘だ。
天界は神しか住めない神聖な場所とされており、それが下界の人間に入られるのが嫌な神達がいるからだ。
そんなとこにセレンを連れていくなんて、たとえセレンのお願いであってもそんなこと……。
「セレンちゃん」
ハルミはセレンの肩に手を乗せ、ゆっくりと落ち着いた声で話す。
「もう一度考えてみない? ほら、天界って人間が行くようなとこじゃないでしょ? それとね、創造神ってこの国の王様よりも偉い方なんだ。だから、そんな神を相手にするなんて普通出来ない事なのよ」
誰でも国王様に気軽に話しかけに行こうとする人はいないだろう。それと同じだ。いや、同じとは少し違う。それよりも難しい事なのだ。国王より更に上、比じゃない程の立場を持つ神にそうそう簡単に話せるものではない。
ハルミの言葉を受け、セレンは少し考える。そして口を開いた。
「……行くよ。やっぱり、セレンより、助けてくれたハルミおねえちゃんのほうが大事だから」
「…………」
思わぬ言葉に、何も言葉が出ないハルミ。そのまま頭を抱えて、セレンから目線を外す。
よくわからない感情が頭を支配し、いつの間にか頬まで赤くなっていた。
だって、そんな言葉をかけられたのは初めてなのだから。
「……ーんぁあもう! セレンちゃん! 絶対に! 絶対に私から離れたらだめだよ! 天界は安全に思えてすごく危険なんだから!」
「え、てことは、連れて行ってくれるの!?」
「言ってるでしょ!」
ふんっと、照れを隠すようにそっぽを向く。
「やったあ! ありがとうハルミおねえちゃん!」
「ん、じゃあ手」
と、ハルミはセレンに右手を差し出す。セレンは一瞬戸惑うも、すぐにその手を握り返した。
「それじゃあ行くよ! 転移:天界イメイシス!」
そう言ったと同時に、地面に大きな白い神聖陣が現れる。純白なる神聖な線が辺り一帯を覆い尽くした。
ほんの数秒、光とともに彼女たちもその場から消えていた。
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