第4話 実は破壊神なの

(ロリ……)


 既にハルミの頭から先程の男たちのことは消え去りかけ、代わりに少女の事でいっぱいだった。


 ゆっくりとした足取りで、ヒールの音を鳴らしながら少女の元へと……。


「ふぎゃっ」


 突然ヒールが折れ、ハルミはその場で顔面から転んでしまった。


 神という圧倒的な身体能力で、華麗なる受け身をし顔面衝突は防いだものの、女神というプライドが羞恥心を湧き起こしてくる。


(やばいやばい、ここでかっこ悪いのは見せられない……っ)


 ハルミは折れたヒールを脱ぎ直ぐに立ち上がって、何事もなかったかのように少女のもとに向かった。


「お、おねーたまが来たぞよ! もう安全ですぞ!」


「……おねー、たま……?」


「ぎゃああああああっ!!」


 少女の声を聞いた瞬間、ハルミは鼻血を勢いよく出しノックアウトされた。


 幼げのある、可愛い声だった。ブロンズのぼさっとした長い髪を揺らして、小首をかしげて言う「おねーたま」はあまりにもハルミの精神を抉った。


「う、なんだこの精神攻撃は……神にここまで食らわすとは……」


 胸をおさえながらハルミはゆっくりと身体を起こす。そして息を整えてからまた少女へと向き直った。


「そうだよ! 世界で一番清楚で可愛いおねーたま──」


「こわかったよお!!」


 と、予想外にも少女は瞳を涙で濡らし、ハルミに抱き着いた。


 怖かったのだろう。嗚咽を漏らし、先程まで抑えていた恐怖から解き放たれるように。もう、この死ぬかもしれない恐怖に苛まれた記憶は一生忘れることはないだろう。


「怖かったね……もう私が来たから大丈夫だよ」


 優しく頭を撫でる。


 女神。傍から見ればそう映るだろう。そんなにも、愛情に満ちた目だ。



 いつまでそうしていただろう。


「うぅ……おねえちゃん……」


「大丈夫だいじょう……ん? おねえちゃん? おねーたまだよ?」


「……さっき、転んでた」


「──っ!? み、見間違いじゃないかなぁ?」


 右頬を掻きながらそっぽを向いて誤魔化す。ちらりと少女を見ると、やはり自分の言葉に疑いようのないような目でこちらを見ている。


(あぁ……ダメだ絶対見られてるやつ! どうしよう、あんなダサい姿を見られたなんて……もう顔を合わせられないよ)


「ううん、変な声出してお顔が地面とぶつかってた」


「うぐっ……ふぅ、ふぅ」


 ハルミは少女の言葉に息を詰まらせる。落ち着こうと思い、息を整えるがやはり先ほどの言葉が効きすぎたのか、全然落ち着かない。


(私の人生、ここで幕を閉じるのか……。最後にこんなに可愛い子に出会えて良かった)



「でも、おねえちゃん、守ってくれてるときすごくかっこよかったよ!」



 ──呼吸が止まった。頭の中が真っ白になる。


 少女は、先程までの恐怖に包まれた顔と違い、満面の笑みを浮かべて言ったのだ。ハルミに、かっこよかったと。


 初めて見せてくれた満面の笑み。天使。そう、まさに天使という言葉に匹敵する程の可愛らしい笑顔。


 自分の事なんて何もかも吹き飛んだ。ただただ目の前の少女が尊い。


 こんなの、もう……。



「……ぁあもう大好きぃ!!」



 抑えきれない感情を言葉にし、今度はハルミが少女に抱き着いた。


 予想すらしていなかった。自己満足で少女を助けたつもりだった。だから、こんなこと言われるなんて。


 ハルミはもう離さないとぎゅっと腕に力を込めて少女を強く抱きしめる。


 

「いたいいたい! おねえちゃんいたいよお!」


「え、あ、ああごめんごめん!」


 どうやら素の力が出てしまっていたようだ。ましてや人間などろくに抱きしめたこともないハルミに手加減が出来るはずもない。

 すぐに腕を離し、そっと少女を撫でる。


「んーおねえちゃん力強い……」


「ほんとにごめんねぇ、よしよし……あ、そうだ。君お名前はなんて言うの?」


 今更という感じにハルミは少女にたずねる。


「……セレン。セレンはセレンって言うの!」


「セレンちゃん? めっちゃいいお名前じゃん! ん~セレンちゃんかあー。セレンちゃん……えへへ」


 何やら少女の名前を知ったことにハルミはデレデレと顔をほころばせる。うん、傍から見たら変態だ。


「おねえちゃんは?」


「ああ私? まだ自己紹介してなかったっけ。ならば教えよう」


 するとハルミはばっとセレンの元から少し離れ、腰に手を当て言い放った。


「清楚で可憐な乙女。そんな生物はこの世に存在するのか。それがいるんだな。ここに! その身に我が名を刻むのだ。我が名はハルミ! このラースベルクの女神である!」


 えへん! と、満足気な顔をしてたたずむ。


 本当幼い少女に何をやっているのだか。


「ハルミ……。女神……?」


「うんうん! ハルミおねーたまだよ! いくらセレンちゃんといっても女神は初めて見たでしょー」


「破壊神じゃないの?」


「ぐはッ……!」


 先程までの威勢はどこに行ったのやら、胸に手を当て悶えている。


「セ、セセセレンちゃん……? き、ききき君は何を言っているのかな?」


「女神は、あんなこと、しない……」


「ああああぁぁ……」


 真面目な顔で、しっかりと否定されハルミは項垂れる。それもこんな可愛い子に……。


 あんなこと。恐らくあの、神器での圧倒的な暴力。確かに、普通の女神はそんなことしない。


(セレンちゃんに嘘吐くなんてこと……絶対に出来ない)


 しょうがない、とハルミは意を決しセレンの肩を掴んで向き合う。


「セレンちゃん、私が何を言っても嫌わないでいてくれる?」


「うん、ハルミおねえちゃんは命の恩人だから」


「あぁ、好き……。っとそうじゃなくて、セレンちゃん、驚かないでね」


 セレンの真剣な眼差し。この子なら、大丈夫であろう。


「そうなの。私は破壊神だったの」

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