愛好銃と鋼
銃弾なんて防いで避けきれば勝ちなのだ。
「ゴキブリとエビの殻の成分は同じ!」
「知ってる」
「ブラックホールはとてつもない質量をしている!」
「知ってる」
「バナナの皮は黄色い!」
「知ってる」
「私はあなたを愛してる!!」
「それは知らない」
このように、告白というのは夜景を楽しめる高級レストランでなくとも行われる。
二日後の期末テストを前にして、数学の問題集にメンチを切ってきた私を、大胆にも土足のまま窓から侵入してきた彼女は無理矢理ベットに押しつけた。
ちなみに窓には鍵が掛かっていた。これまでに何度も起こったこういうコトを防ぐために部屋に入って一番に掛けた。コイツはその上で窓から来た。多分、外から力でこじ開けたのだと思う。そう、力で。
いえ、じゃがいもは切ってないです。切ってるのはメンチです。
違います。コロッケじゃないです。メンチです。
「私の愛を伝えるために! 全霊の愛の力を持って来たよ!」
「向かいの人間に会いに行くのにその気合いは必要ないと思う。あとアンタが持ってんのは愛の力じゃなくて勝手にアタシの名前を書いてハンコを押した婚姻届だ」
何処で盗んだのか。問うたとて、彼女は愛だなんだと見当違いな言葉しか返してこないだろう。
馬乗りの状態で両の手首を抑えながら、爪の先まで丁寧に整えた指で、
身動きの取れないアタシは、口角の上がりきったそのにやけ顔から、涎が垂れないことを願うばかりだった。
「はぁあぁぁあぁ、リリちゃんてなんでこんなに可愛いんだろぉぉ」
小動物を愛でるような甘い声を零しながら、
興奮が度を超えてきたか、理性をコンクリートの壁に150km/hでぶつけたか。手首を抑える力がどんどん強くなっている気がした。
ついでに
せめて、くすぐったがりでなくてよかったと自分を慰めよう。贅肉が仕事放棄した、寸胴鍋で煮込めば良い味の出汁が出そうなこの骨と皮の肉体も、この時ばかりは称賛した。
よくやった。私の骨と皮たち。
もし肉があったら意味もなく摘まれるところだった。
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ、私がお嫁さんになるから、リリちゃんは奥さんになってよ。一生ずっと断続的に止まることなく死が2人を別つまで永遠に好き好き大好きだからさ。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ」
お頭のお悪いお花畑の幼馴染の女の子が思いっきり大きな声で重たい愛を押し付ける。
ヤンデレは一つの個性として尊重するのがアタシの流儀だが、一緒に押し付けられた豊満な胸は、
おい誰だ貧乳とか言ったやつ。
アタシは貧乳じゃない。人より控えめなだけだ。谷が浅いだけでちゃんとあるわ何だよ文句があるやつは出てこいボディービルダーの黒光りした胸筋に顔面から押し付けてやる。おらお前らの求めるおっぱいだ幸せに感じろこの野郎ども。
「だめだよーリリちゃん。私のおっぱいが目の前にあるのに、他の人のおっぱいの事なんか考えちゃだめだよぉ」
バスケットボールをドリブルするのと同じ要領で、わざとらしく、物理的に胸を弾ませる
あと、ナチュラルに人の思考を読み取るな。闇雲にキャラを付け加えると色々追いつかなくなる。
「それより
「もちろん知ってるよぉ。だから一緒にお勉強しよぉ!」
「保健体育って言うつもりだろ。それもう聞き飽きたボケなんだわ。もっとマシな言い返しを考えときな」
キョトンとした表情で首を傾げると、カーテン代わりにアタシの視界を遮っていた
「えぇ、てっきり私は、子どもが産まれた時に貰える自治体の補助について勉強するつもりだったよぉ。それに保健体育なんて、勉強しなくてもリリちゃんのこと考えてれば満点取れるよ!」
サラッと気持ち悪いことを言うな。愛が何かは分からないけど、もっとマシな使い方あっただろ。それになぜ子どもが産まれた想定で物事を考えている。性に違和感は無いが、私は男になるつもりはないし、男と抱き合うつもりもないぞ。
「大ジョーブ! 私とリリちゃんの若い細胞を掛け合わせて新しい細胞を作れば、あとは一昨日完成した分裂中の細胞を受精卵に変態させる薬を加えるだけだよ!」
しれっと怖いことを言うな変態。お前はその賢い頭をどうしてヤンデレお花畑にしてしまったんだ。
あと一昨日出来たって、テスト期間中に何を作っているんだ。わざわざアタシと同じ高校なんて行かずに国の機関に行けばいいのに。きっと高給取りだぞ。
「はぁ…」
肺の空気を全部吐き出すようなため息。その呼気を逃すまいと、
やめろ。アタシの呼気を堪能するな。飽き足らず直接吸引しようとするのは止めろ。幼馴染以前に人間としてキモいぞ。
「そんなことよりさ、リリちゃんチューしたことある? 私はないの!」
唐突に話を切り出し、聞いてもない自分の経歴を語る奴にロクなのはいない。
うん、まさにその通りだ。こいつロクな奴じゃない。
「私はずっと前からはじめてのチューはリリちゃんとするって決めてたの!! ほんとだよ!! 『あいうぃるぎぶゆーおーるまいはーと』だよ!!」
こんなに嫌気しか湧かない宣言に使われるなんて、当時のからくりロボットも発明好きの少年も思い浮かばなかったろう。全くもって不憫で仕方ないナリ。って感じだ。
「キスしたところでどうなんのさ。コウノトリは子供を運んできてはくれないし、
『呆れて物も言えない』というのは嘘だと思う。呆れたらその後一言くらいしか言えなくなるの現実だし、それなら『呆れて言葉が続かない』の方が適した慣用句になるのではないだろうか。
「……違うもん」
「何か言った? ほぼゼロ距離なのに聞こえないなんてことある?」
「キスじゃないもん! チューだもん!!」
引き裂けそうなほど瞼を開いて、顔を真っ赤にした
布団は何食わぬ顔でその音を吸収し、私の耳には眠りを妨げる高い音が鼓膜の奥から聞こえるようになった。
「私がリリちゃんとしたいのはキスじゃなくてチューだもん! 間違えないでよ!!」
「キスもチューも同じだわ。なんでアンタはそこで引っかかる」
「全然違うもん! チューは可愛いけどキスはえっちだもん! 可愛いリリちゃんにはチューしかしちゃいけないんだよ!!!」
「そのよく分からない理屈はどうでもいいけどさ、そろそろ降りてくれないかな? 眠くなってきた......」
──チャンスなのでは?
その理屈によると、どうやら寝ている間に好きな人にチューをするのはマナー違反らしい。
そういうことは、記憶に残るようにしなければならない。歳を取っても記憶喪失になっても幼児化しても忘れられないくらい。強烈な思い出にならなければならない。
それが
従うべき心情を達成できない状態であるなら、行うべきでない。
やがて鳴り出した寝息を聞いて、
お付き合いは続く。
重い愛は
闘牛のように突っ込んできたら翻す。
うるさい口は閉じさせる。して、それは誰からのキスのことなのだろうか。
お向かいさんは、今日も乙女で重たい。
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