個性が手櫛でまとまらない

度肝に脚をかけてみる


 光出叶ヒカリデカナデは巨乳である。

 また金髪でもあり……巨乳でもある。


 大層な美人で、通う高校では非公認のファンクラブが設立されているほどだが、その実は授業中に暇を持て余し、細かくちぎった消しゴムでピラミッド建立するのに躍起になる残念な美人である。



 ちなみにこの計画は失敗に終わった。七割がた完成したところを、自らの巨乳が吹き飛ばしてしまった為である。



『私のプレイエリア外におっぱいを配置するな!!』



 以降、彼女を知らない者に彼女を紹介する際の口頭第一声となる発言が生まれたのはこの時である。



 一方、隣席の奇行など気にも止めず、真面目に黒板の文字を書き写す彼女の名は要箱陽胡桃イリバコヒクルミ。貧乳である。



 顎ほどのショートヘアーに若白髪が多いのが最近の悩みであり、悩みすぎたせいで白髪の数がさらに増えたことは、本人の前で決して口にしてはいけない。命が無くても死ぬほうがマシな目にあってしまうからである。



 以前、安い怪談の噂がある別棟校舎の男子トイレに、彼女が単独で乗り込んだことがある。



 一番奥の個室に入った彼女は、程なくして血みどろになったモップと共に現れた。たまたま現場を通りかかった用務員は、その場で泡を吹いて倒れた。という、謎からさらなる謎を産む稀有な人物である。




『返り血の何が怖いのさ。勝って帰ってきた証拠なのに』




 やがて自身が狂戮者バーサーカーと呼ばれるようになることを、彼女はこの発言の後ひどく恐れていた。



 しかし彼女の不安は杞憂に終わる。

 人間を象った暴力エラー・ヒューマンと呼ばれている現状にさえ目を瞑れば。



 彼女らのことを知らない人物は、教員、生徒を含めこの学校では1人とていない。



 そも、カナデのファンクラブは、有志が全校集会の場で設立を宣言した珍事があったために、その名が学校上に知れ渡ることとなった。ちなみにこの宣言は本人にも学校にも無断で行われた。



 そして、男子トイレ血みどろ事件の方はというと、入学式当日に起こった事件である。廊下に一定間隔で並ぶ血痕を見て気を失った新入生は少なくない。

 事後、陽胡桃ヒクルミは担任に命ぜられ掃除を行ったが、その際に教室のチョークを持ち出し、現場検証ごっこをしていたとか、していないとか。






 —カ ン ワ キ ュ ウ ダイ—





「てなわけで、私たちはいま職員室に呼び出されてまーす」


光出ヒカリデさん。光出さんが美人なのは周知の事実だし同意するけど、職員室で自撮りは良くないと思うよ。先生たちの皺だらけの顔が際立っちゃう」



 制服を模範通り着こなし、メイクも一切しない陽胡桃ヒクルミは見た目こそ優等生だか、その実はナチュラルな毒舌である。

 過去、三者面談で人としての心を所有しているか検査されたという噂があるほど、人間の気持ちを察しないタイプの人間である。



 その際、鞄や制服のポケットまで確認したが、心の所在は明らかにならなかった。本人曰く、おやつのキャベツ太郎と一緒に食べてしまったらしい。




「でもさー、若い子が近くにいたら自分も若くなって気がするってじーちゃん言ってたよ。だから出来るだけ若い成分をお裾分けした方がいいかなって」




 金髪に、左右合わせて9つのピアス。丁寧にデコレーションされた爪のせいで、カナデは校則なんて二の次のイマドキギャルだと思われることが多い。

 しかしその実は、国立大学で行われている研究への精力的な参加と介護ヘルパーのアルバイト両立させる、孫孝行できる系の才女である。



 電子マネーの使い方がイマイチ分からないため、ガマ口の財布を愛用し、ポケットに飴玉と小さく畳んだビニール袋を常備するくらいには老けている。ちなみに髪は地毛である。




「ふざけていないで話を聞きなさい! 先生達もあなた達2人にずっと構えるほど暇じゃないんです!」




 ヒステリック気味に声を荒げる学年主任の声を、カナデは右から左へ受け流し、陽胡桃ヒクルミは左から右への直通ルートに案内する。要は二人揃って話を聞く気がないというわけだ。



「匿名の通告で、あなた達二人が不純な交際をしていると情報が入りました。うちの学校で生徒同士の恋愛が禁止されていることは知っているはずですよね?」



 メガネの傾きを直しながら、学年主任は強い覇気で二人に問う。



 わざとらしく顎に手を添え、考えるフリをするカナデ。後ろで手を組み、早く終わらないかなという意志をあからさまに表現する陽胡桃ヒクルミ。揃って不真面目な態度に、学年主任の緒が切れる。




「いいですか! 我が校は文武両道、聖人君子をモットーに毎年優秀な生徒を輩出してきた伝統と誇りのある学校なのです! その意味をあなた達は理解しているのですか!?」


「前々から思ってたけど、うちの学校のモットーって結構思想強めですよね。陽胡桃ヒクルミちゃんみたいに成績優秀な子にはいいかもしれないですけど、私みたいな馬鹿には難しいかもです」


「あらゆる全国模試で一位しか獲らない光出ヒカリデさんに言われると、なんだか複雑な気分。私はテストで点を取れる準備をしてるだけで優秀ではないよ。真面目に板書してるのもフリだし」


「フリしながら何書いてるの?」


「鮎の姿焼きBLサイコラブストーリー仕立て」


「なにそれめっちゃ楽しそう!!」




 この学校の思想も中々強いが、陽胡桃ヒクルミの癖も大概である。そしてそれを何の疑いもなく楽しそうと言えるのは、カナデのおおらかな性格のおかげだろうか。



 それとも、ジャンルがフランス料理の名前っぽいからか。



「少しは反省をなさい!! 今はあなた達が不純な交際を行っているかの話です!」



 学年主任の怒りに、2人の肩がわずかに跳ねて、すぐにスンと平常に戻る。単に大きい音にびっくりしただけだった



「不純もなにも、陽胡桃ヒクルミちゃんとわたしは誠実にお付き合いしてるだけですよ」


光出ヒカリデさん。それを言っちゃうとコトが面倒になるから誤魔化そって、この間話をしたのに……」




 悪びれる様子もなく、あっさり交際を認める二人。




 望んだものがすんなりと差し出されて気分をよくしたのか。学年主任はニヤリと笑って二人に詰めてかかる。




「誰を好きになろうが構いませんが、説明した通り、この学校で生徒同士の恋愛は禁止です。相手が異性だろうと同性だろうと違いはありません」


「なら、仮に生徒と担任の組み合わせなら恋愛可能なんですか?」


「え? じゃあ、せんせのこと口説き落としてもいいってこと? おっとぉ、カナデちゃん頑張っちゃおっかなぁ!!」



 雑食女子高生二人に、年齢は関係ない。男だろうが女だろうが、年上だろうが年下だろうが、欲しいと思えば喰らいつく



 獣に視線を感じた学年主任は背筋を震わす。求められる嬉しさより、襲われる恐怖の方が断然大きい。



 なぜなら相手は焼き魚でボーイズラブを描く女子高生と、それを即座に楽しいと肯定する女子高生だ。怖くないわけがない。



「んー、でもやっぱりやめとこ。陽胡桃ヒクルミちゃんの目の前で浮気するのはよくないし、陽胡桃ヒクルミちゃん以外に惚れ込む気ないからね」


「私も同じ回答です。今後は分かりませんが、少なくとも現段階では身内含めて光出ヒカリデさん以外の女性好きじゃないです。好きでもない人を落とすのはやる気でないです」





 恐怖に表情が乱れたまま、学年主任は思った。

 ”何で私がフラれたみたいになってるの?”と。

 “ケモノがノケモノにするの?”と。



「それでせんせぇ、付き合ってるのがダメなら、この場で別れろとか言うつもりですか?」



 反省の色のないカナデの態度に、学年主任は呆れた顔で大きなため息を吐く。



「いいえ。私の口からそういった事柄を言うつもりはありません。ですが、ルールを守れないのであれば相応の罰と対応を取るのが教職員の総意です」


「へー、先生って仕事も大変なんですね」


「学問を教えるのがおもであるはずなのに、生活指導まで業務にされてますからね。早急に解決すべきだ問題と思います。負担が大きすぎです」


「心配されずとも、自分一人のことくらいどうとでもなります。とにかく、あなた達は3日以内に反省文を書いて提出しなさい。違反が続く場合は保護者を呼びます」



「保護者……」



 不真面目とはいえ、中身はまだ学生。年相応に、保護者を呼び出されることは嫌なようだ。

 ボソボソと声を小さくしたカナデを無視し、学年主任はデスクから原稿用紙を取り出す。



「そうだ! その手があった!!」



 何かを閃いたカナデが、神様をもビクつかせる勢いで手を叩く。

 驚いた学年主任は椅子ごとひっくり返った。



「ありましたね。その手が」



 少し遅れて、陽胡桃ヒクルミも右の拳で判を押し、合点を左手で受け止める。

 学年主任を助ける素振りは一抹もない。



「せんせ! その罰、順番逆にしてください! 先に保護者にしてください!!」



 今までも彼女らと同じような校則違反を犯した生徒は沢山いた。たが、その生徒達の誰一人として、保護者を呼ぶことに賛同した者はいなかった。

 ほとんどが親に知られることを避けようとしていたというのに、この子達はどうして親を呼び出そうとしているのか。



「ただ! 呼ぶなら両親とも呼んでください! そんで陽胡桃ヒクルミちゃんのご両親も同じ日取りで呼んでください!!」


「その際に両家顔合わせをして婚姻を結びます。夫婦なら、校則違反になりませんよね?」



 女子高生二人の突然の結婚宣言に、聞こえぬふりをしていた他の職員達も、流石に作業の手を止め、話の中心地に振り向いてしまう。



 金髪ロングと白強めのグレイヘアショートカットが、手を絡ませてぴょんぴょん跳ねる。



 正体不明の力によって、床から立ち上がれない学年主任。驚きも長く続けば、それは恐怖とイコールと結べるという証明だった。




「ありがとうございましたせんせ! お陰で私達、学内で胸を張って手を繋げます! 結婚指輪付きの手を繋ぎます!!!」


「では、すぐに結婚情報誌を買いに行かねばならないので、失礼します。結婚式にはお呼びするのでぜひ来てください」



 手を結んだまま、顔を煌めかせたの女子高生達は職員室を去っていく。



 呆気に取られた大人達は動けない。けれど全員が同じことを思った。

 若さは時に愚行を招くが、真っ直ぐなのであれば、それもいいかと。

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