第7話 ◆二人の約束と暫しのお別れ◆

 そんなある日のことでした。


 いつものようにやってきたユージーンは浮かない顔をしていました。


「どうしたの? ユージーン」


 心配そうにラプンツェルが話しかけます。


「うん……」


 口ごもるユージーンに、編み物をしていたおばあさんも手を止めました。


「実は……父上の体調がかなり悪いんだ」


「まぁ……」


 ユージーンは第一王子ですが、亡くなった前の妃の息子で、今の王妃との折り合いはあまり良くありませんでした。

 弟の第二王子は今の王妃の息子なので、王妃はできれば、この実の息子に王位を継がせたいと思っていたのです。

 ただ、父王はユージーンに王位を継いで欲しいと思っていて、それで今、隣国ユージーンの国は後継者を巡って二つに割れて揉めていたのでした。


 そう話して溜息をついたユージーンの手に、ラプンツェルはそっと自分の手を重ねました。


 おばあさんはじっと黙って、ユージーンが話しはじめるのを待っています。


     🌿


「ラプンツェル、おばあさん、僕はしばらくの間、ここへは来られなくなると思う」


「こんなことがなければ、僕は近いうちに、おばあさんのお許しを貰ってから、一度ラプンツェルを国へと連れて行くつもりでした」


「でも、こんなに国内が荒れてしまっていては、一緒に連れて行っても、情けないことだけれど大切なラプンツェルを僕の力で守り切れるか……わからない」


 ユージーンは唇を噛み締めました。


「すみません、おばあさん……

 許しておくれ、ラプンツェル……」


「ただ、これは身勝手な我儘かもしれないけれど……国の内乱をおさめて、安心してラプンツェルに来てもらえるようになったら……」


 ユージーンはラプンツェルの目をまっすぐに見つめながら力強く言いました。


「必ず、迎えに来るから」

「だから、僕を信じて、此処でおばあさんと一緒に、僕を待っていてくれないか?」


 ラプンツェルはユージーンと手を重ねたまま、その言葉を噛み締めるようにして聞いていました。


 そして一度、目を閉じて、また目を開けた時、その瞳は濡れてはいましたが、その心は決まっていたのでした。


     🌿


 ラプンツェルはそれから、見守っているおばあさんの方を向いてコクリと頷いたあとで、ユージーンにしっかりと向き合ってから答えました。


「はい。お帰りを此処で待っています。だからどうか、ご無事で……」


 ユージーンは、今度はおばあさんの方を向いて頭を下げました。


「せっかくこうして、此処に通わせていただくようになって、おばあさんからもラプンツェルを頼むと言っていただけたのに……すみません……」


「でも、僕は必ずラプンツェルを迎えに、此処に帰ってきます」


「その時は、おばあさんも、僕たちとお城にきて、一緒に暮らしましょう」


     🌿


「ありがとう、ユージーン」


 おばあさんは微笑みながら言いました。


「あんたは、塔に囚われていたあたし達をここから解き放ってくれた人だ」


「ラプンツェルが、あんたを信じて待つというなら、あたしもあんたを信じるよ」


     🌿


 必ず手紙を書くから、と固く約束したユージーンが名残を惜しみながら、帰って行きました。


 気丈に見送ったあとで、こっそりと泣いていたラプンツェルの震える後ろ姿……。

 

 黙って見つめながら、おばあさんは、若い二人が一日でも早くまた逢える日がきますように……と祈らずにはいられませんでした。

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