第5話 ◆願い~おばあさんが語ること◆

 二人がどれだけ慌てたことか。

 でも、おばあさんをそのまま下に待たせておくことなんてできません。

 ラプンツェルは、いつものように、長い長い髪を窓から垂らしたのでした。


     🌿


 のぼってきて、部屋のなかにユージーンの姿をみつけたおばあさんは驚きました。


「ラプンツェルや、これはどういうことなんだい?  この人はいったい誰なの?」


 青ざめた顔でうつむいたラプンツェルの代わりにユージーンが答えました。


「はじめまして、僕はユージーンと申します。突然の失礼をまずはお詫びさせてください。事情はきちんとご説明いたしますから、どうか僕の話を聞いてはいただけませんか?」


 その礼儀正しく真摯な態度に、おばあさんも少し落ち着いて話を聞くことにしたのでした。


     🌿


 ユージーンは、森に迷い込んで、この塔と野萵苣ノヂシャ畑を見つけたこと。

 そこでラプンツェルの歌声を聴いて興味をひかれて、歌声の主に声をかけて、それがきっかけで彼女と話すようになったことを説明しました。


「それが一週間ほど前です」

「それから毎日この場所に通い、ラプンツェルと、いろいろなことを話すなかで、彼女が、この塔から外へと出たことがないことを知りました。外の世界は危険だからと、あなたに言い聞かせられて育ったことも」

「実は、ここまでのぼってきたのは今日が初めてなのです」

「だから、どうかラプンツェルを叱らないでください」

「それにしても、おばあさん、あなたはどうして、そんな嘘をついて、ラプンツェルをこんなところに閉じ込めているのですか?」


     🌿


 おばあさんは、ユージーンと名乗る若者と、ずっと項垂れたままのラプンツェルをしばらく見つめて、それから深く息を吐きました。


「これも、運命というものかもしれないね」


「ユージーンさんとやら、そしてラプンツェル、少し長い話になるが聞いてくれるかね」

「お若い方々は、よく知らないかもしれないが、昔、この一帯に大雨が降ったことがあった」

「それはもう、空の底が抜けてしまったかと思うほどの酷い酷い嵐の日が続いてね」


 二人は、おばあさんの話をじっと聞き入っています。


「あれは何日目のことだったか、不気味な地鳴りのような音が聞こえて、あたしは嫌な予感がしたんだ」

「ラプンツェル、お前はまだ物心もつかない小さな赤ん坊だったよ」


 おばあさんの話は続きます。


「お前のお父さんは、わたしの娘である、お前のお母さんを、とても愛していたよ」

「そして、その妻が大切にしている、この野萵苣ノヂシャ畑のこともね」

「だから、嵐が続いて大切な畑が、被害をうけて全部駄目になってしまうのが耐えられなかったんだ」

「ちょうど収穫の時期だったからね。お父さんは少しでも野萵苣ノヂシャを収穫しようと、雨のなかを飛び出して行っちまった」

「お前のお母さんもね、そんな夫の後を追って飛び出した。あたしに赤ん坊のお前を預けて、塔の一番上の部屋に行っておくようにと言ってね」


 おばあさんの声が震えています。


「それからは、まるで悪夢みたいだった」

「二人は収穫できるだけの野萵苣ノヂシャを持って、塔へと走ってきた」

「あたしは、眠るお前を抱きながら、早く入っておいでと声をかけたんだよ」

「その時……」


「川から溢れ出した水が押し寄せてきたんだ」


「あっという間もなかった……二人は……のみこまれて……」


 おばあさんは、それ以上の言葉を失って目を瞑りました。


     🌿


「おばあさん……」


 ラプンツェルの瞳は涙で溢れそうでした。


「そんなことがあったんですね」


 ユージーンが、ぽつりと言いました。


「あの酷い嵐がおさまって、見る影もなくなった畑とこの塔だけが残された時、あたしは、もうこれ以上、大切なものを失うことがあれば耐えられないと思ったんだ」

「ただただ、怖くてしかたなかった」

「だからラプンツェルに嘘をついた」

「外の世界は恐ろしいと、そして、外へ出ていくことができるのは、あたしのように修行をつんだ魔法使いだけだ……ってね」

「ラプンツェル、ごめんよ。あたしはお前を失いたくないばかりに、お前をここに閉じ込めていたんだ」


 ひとまわり小さくなってしまったように見えるおばあさんの頬に一筋の涙が流れました。

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