第88話

 場の議論は膠着状態に入ってしばらく経つ、村の立場と教会の立場、そして軍の出所不明の噂にニーサの考え、要素が複雑に絡まり落とし所がなくなっている。

 

「とりあえず、飯にしましょうか。」


 時間が流れもう夕方、少し早いが晩飯にしよう。

 外の軍も動き出す様子は今のところないし、落ち着いて飯を食べるタイミングが今後ないかもしれない。

 この場の話し合いはアドリアネに預けて、お手伝いとしてツバキたちをまとめて連れて行く。


「め、めしですか…。」


 期待と呆れが半々といった表情のメリダと、代わってワクワクしだすトーラさんが対照的だ。


「ここの料理は美味しいものしかないとカフェカが言っておったの!

 まさか綾人様自ら作るんですの?」


 体全体を使ってワクワクを表現している、なんならメリダも一緒に涎を垂らしている有り様だし。

 変に期待されても、いつも通りの家庭料理しかレパートリーにないよ。


「生姜焼きと味噌汁かな、麹につけた豚肉もあるし。」


「麹漬けの生姜焼き!大好物ですわ!」


 小躍りするキキョウ、そんなに嬉しいか?そして小躍りが盆踊りっぽいのが面白い。


「しょうがやき、ですの。

 なんだか聞いたことのない料理です、とっても楽しみですの!」


「その前に話し合いがありますけどね。」


 アドリアネの声に冷や水をかけられたようにしょげ返る、身分の高そうな雰囲気と相反して表情豊かなとっつき易い印象を受ける。

 悲哀の方で表情豊かなのはメリダだ、先程からトーラさんの発言にあたふたと踊らされているぞ、だいぶ自由な2人組だ。

 ここは相棒に任せて、ちゃちゃっと夕飯を準備しよう。



sideメリダ


 この人怖いんだよな、鱗とか尻尾とか目に見える特徴はないんだけど、明らかに人間ではない存在感が肌にビシバシ感じ取れるし。

 目の前で背筋を正している銀髪の女、その線の細い体からは想像もできない魔力が溢れ出している、さっきから魔力酔いが酷いのがその証拠です。


「さて、貴方たちの言葉を全て信用するとして、どう落とし前をつけるつもりですか?

 まさか別の団体だから責任はないなんて言い訳が、通用するとは思ってないのでしょう?」


 思ってましたぁぁ!だって外の軍隊は本当に関係ないんですもん、あんなの攻軍魔法を範囲でばら撒けば撤退させることができるかもしれないけど、目の前の女はどう足掻いても勝てると思えない…。

 情けないが交渉事はトーラ様に頼りっきりになってしまう、


「お夕飯楽しみですの♪

 教会の食事は味付けが薄くて美味しくないんですの。」


 交渉してくれぇぇ!この人こんなに呑気な性格だったのか、カフェカさんの秘蔵っ子としか聞いていなかったが、この調子だと私の心臓が何個あっても足りないですよ。


「それにしても不思議な建物ですの!

 こんな建物見たことがないです、それでも上品で落ち着いた印象ですの。

 教会にもこんな建物が欲しいですのー!」


 盛り上がっているところ悪いんですが、そろそろ話を進めないと…、いや!待て、銀髪の女は凄く満足そうに頷いているぞ!


「えっ!この建物も綾人様が考えられたんですの!凄い、天は二物も三物もお与えになられているのですの。

 ここは宿屋なんですか?良ければ今晩泊めていただけないですの?」


「えぇ構いませんとも、貴方なかなか見る目がありますね。

 ならば私の正体も気がついているのでは?」


 正体?エトラッタ王国以外でも魔術の発展した国はいくつかある、ただここまでの傑物の噂が届かないはずがない。

 教会も王国以外にも展開されており、もしやその筋でこの女の正体も把握しているのか?

 トーラ様へ振り向くが、理解しているのかしていないのか表情からは読めない、何にも考えてないようにも見える。

 不安な私へ笑いかけ、


「お初にお目にかかりますが、おそらく天使様かと存じ上げますの。

 宜しければ翼を見せていただけませんの?」


「ご名答、いつから気づいていましたか?」


 天使と呼ばれた女の背中からは、2対4枚の純白の翼が室内狭しと広がったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る