第78話

sideキキョウ


 我々も丸くなったものですね、あれだけ舐めた態度の者どもを無傷で帰らせるなんて。

 ボタンもアタクシも、勿論ツバキ姉さんもアドリアネが居なければ村総出で無礼者を捻り上げていたでしょう。

 実際は宙吊りにして懲らしめていましたが、あの対応がなければ悲惨な結果になっていたのは火を見るより明らかでした。


 あの後ボタンが荒んで面倒でしたが、綾人殿が諸々催し事を開催してくれて発散できたのでしょう、今ではケロッとしたものです。


 それにしても最近の森の民も質が落ちたものですね。

 あの古参のエルフは少しは動けそうでしたが、新参の方は目も当てられないほど弱そうでした。

 同じくらいの力量を持つ者たちが群れて冒険するのは理解できますが、あのエルフは剣士と魔法使いから比べても相当弱いですよ、盗賊まがいよりも歳上だろうにそれにも及ばないほど。

 そのくせ綾人殿を、まるでそこいらの男娼への当てつけかのような言草、思い出しても腑が煮え繰り返る思いです。


 この独立した自治が執り行われる村に外部からの交渉が来ることは少ないです、そもそも招き入れる事がなければ発見も容易ではありませんから。

 ただ全く交流がないということもなく、一年に二、三度ほど外部より接触がもたらされます。

 これが先の王国と呼ばれる場所の王族が数名、この大陸外の国が二つと同時に来ることはありません。


 そして、その交渉にアタクシたちが同席することもないのです、結界内部に入れることはすれど交渉は村人に任せるのが通例でした。

 綾人殿が入村したときはツバキ姉さんの村だったので、ツバキ姉さん本人に会うことがそもそも異常事態だったはず。

 姉さんの容態も悪かったので致し方ありませんが、通常は外部の者との接触はしないという暗黙の規則があったのです。


 アタクシたちの正体は経験の浅い者には理解できないでしょう、それでも極稀にには気づかれるもの。

 あの魔法使いはアドリアネの魔力に当てられて機能していませんでしたが、古参のエルフと剣士は魔力も感知できないくせに最初から警戒ができていた、つまり理解していて交渉まで大人しくしていたのでしょう。

 つくづく新参エルフに交渉を掻き回されて、向こうも業腹でしょうが自業自得ですね。



side ウカク


 さっきまで死地にいたとは思えないほど長閑な光景だ、真っ白な砂浜には絶えず波が寄せては返す。

 気楽な性格だと自負しているが、今回のは参ったとしか言えないぞ、あんな化物の巣窟に案内されるなんて聞いてない。

 ただ依頼主であるカフェカ婆さんも同じ気持ちだったのか、元々小さな背中が更に老け込んだように見える。


 とにかく今は無事に乗り切れた事を喜ぼう、肩に担いだ魔法使いのメリダはまだ伸びているのか、しっかりしろ冒険者だろうが。

 ニーサには…かける言葉が見当たらないぞ、ていうかお前のせいだからな!


 教会からの依頼でニーサをパーティーに組み込まざるを得なかったが、まさかこんな危険物を紛れ込ませてきているとは、今度ギルドマスターを詰めなきゃ納得がいかない。

 あの場の相手がどういう手合いか肌でも感じ取れず、あまつさえ最重要であろう相手を捕まえて身柄引き渡しを要求するなんて、よっぽどの世間知らずか命知らずだ。


 あの銀髪の女、あれが特にヤバい。

 そしてヤバい女の手綱を握っているのが最重要人物ってのもヤバい、しかも男だぞ。

 世に男の命令に従う女が何処にいる、さらに言うと『命令』でなく『お願い』でだ、対等の立場で説得しているのは、男も同等の強さを待っているからなんじゃないか?

 私と同じくらい身長も高かったが、見た感じでは武術の心得がありそうには見えなかった、なんなら奥に控えていた4人の娘の方が断然強そうだ、つまり銀髪と同じくらいの魔法の使い手なんだろう。

 それにあの4人娘は何なんだ?形上は銀髪の顔を立てて控えているようだったが殺気はダダ漏れだったし、一人一人が一騎当千の存在に思えたんだが。


 私もそれなりに名の知れた剣士だと考えていたが、今日ほど驕っていたと反省した日はない。

 帰ってギルドに報告してもホラ話で片付けられそうだし、何よりカフェカ婆さんに依頼の全てを話すことは口止めされている。

 私は悪い夢でも見ていたのだろうか。

 帰り際に渡された料理に残る温かさが、私に夢ではないと教えてくれているようだった。

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