第75話

 厨房の片付けで少し席を外して、戻ってきたら客人が正座していた。

 この店に来る客人はよく正座させられているなぁと呑気に思っている場合じゃない、何があったんだ?


 なるほどそれでアドリアネは怒ってたのね、俺は全然気にしないけど、この姿を作ったのはアドリアネだから好みを貶されて怒ったんでしょ。

 竜シスターズは説明に頷きながらアドリアネの肩を持つようだ、珍しいないつも叱られてばかりなのに。


「今回に関しては天使が正しいぞ、動いてなかったらウチらが手を出してたから被害は少なくなった方だ。」


「アタイはまだ許してないけどな、ここまで人間に舐められたのは生まれて初めてだわ。」


「そうね、わたくしなら首だけにして国に送り返してるところでしたわ。」


 口々に鬱憤を並べ立てる、料理が減ってないということは本気で怒ってたんだな。

 にしても物騒なことを言っているが、そういえば竜なんだよな根本の考え方が人間とは異なるのだ、地球の常識で測るのは不可能だろう。

 どうやら前にヘラ様が言っていた、神託とやらが揉めた原因のようだ。


「先程は同郷の者が大変失礼な真似をしました。」


 立場が上のエルフが深々と頭を下げて切り出す。

 先程っても現場にいなかったので分かりかねるが、そこらへんはアドリアネに一任する。

 

「ここが噂の竜の里だとは、身の程知らずの若いエルフを連れてくるべきではなかった。」


 そういえば、もう1人のエルフの姿が見えない。


「お詫び申し上げる、なのでそろそろ降ろしてやっていただけないだろうか…」


 上を見ると天井が抜けて青空が覗き込んでいた、真っ直ぐ見上げると黒い点みたいなのが浮いている、もしかしてアレがもう1人のエルフ?

 アドリアネを見ると笑顔が貼り付いている顔だ、そこから何も言葉を発さない、怖い。


「アドリアネ、そろそろ降ろしてあげてもいいんじゃないか?なっ?」


「綾人さんがそこまで仰るなら、仕方ありませんね降ろして差し上げましょう。」


 指を鳴らすと先ほどの天井の穴からエルフが降ってくる、言葉のまま悲鳴と共に落下してきた。

 地面ギリギリで一瞬ブレーキがかかり助かっているが、そのブレーキも優しいものではなくエルフの太ましい身体が大きく振動していたので、衝撃はたまったものではないだろう白目剥いて気絶してるし。


「さっきも言いましたが、貴方たちが生きているのは私の気まぐれと綾人さんという存在が理由ですから、感謝してくださいね。

 まぁ私が手を下さずとも、この竜たちが許さなかったでしょうが。」


 また変わらない笑顔で客人に詰め寄る、エルフは冷や汗を流し、剣士とスカウトは目を逸らし、魔法使いは…たぶん失禁してるな。

 おそらくは脅しなんだろう、そしてアドリアネがここまで厳しくしているのは俺の身に何か危険があるからだと感じる、神託以上に厄介ごとがあるのかも。


「まぁまぁアドリアネも、落ち着いてさ。」


 生半可なことでは止まらないアドリアネを、俺は背中から抱きしめて制止する、たぶんこのくらいじゃないと止まらないからだ。

 表情は見えないけれど、体の強張りが解けていくのを感じた、大丈夫だこれはきっと怒っているフリに違いない。

 その光景を羨ましそうに見てくる竜たちにも、この場で交戦する意志はもうないだろう。


「我々は最初から争う気はないんだ。

 ただ私の親友、アルテヘラ教の最高司教と会ってほしいだけなんだ。」

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