第68話

「いらっしゃいませ、お嬢様。

 お待ちしておりました、どうぞ此方へ。」


 地面に擦るんじゃないかってくらいの裾の長い燕尾服を着て、店の外観とは正反対な内装をした店内へと招待する。

 今回のコンセプトは執事喫茶らしい、俺は行ったこともないから想像で補っていくしかない。

 お客様のサリアは昨日までの爛漫さは影をひそめ、借りてきた猫といった姿だ。


「ふひっ、うっす失礼しまーす…。」


 店内は普段のテーブルなどは片付けられ、和室などはパーテーションで隠し、土間だった地面は見違えるようにフローリングにしている。

 ジャンケン大会から2時間と経っていないのにどうやったんだ?クッキーを配り終えたらすぐに着替えさせられて呼ばれたが、グッタリしている竜たちを見るに相当無茶をしたのだろう。


 椅子をひいて座ってもらい、向かいの席に自分も座る。

 本来向かいの席に座る執事なんていないけど、雰囲気だけなので固いことは言いっこなしだ。

 しばらく雑談をして緊張を解いてもらう必要がある、アドリアネにどんな脅しをされたか分からないが少なくともサリアは張り詰めすぎだ。


「へえー、綾人さんって学生の頃はそんな感じだったんですね!」


「そうなんですよ、酷いですよねこっちの言い分も聞かないで!」


「えっもうこんな時間なの!えーまだまだ話し足りないー、延長はできないんですか?」


 合間で飲み物の提供なんかはしたけど、だいたいが自己紹介や日頃の愚痴なんかで占めていた、なので相槌とリアクションと一言コメントで繋いでいたら時間になった。

 よく喋る子だな、たぶん天使たちの中では一番の若手だと思われるが、マイペース揃いの中で話を受け止めてくれる相手を探すのは大変だろう、聞き役に徹して正解だったと思う。


「最後になりましたが、ハンドマッサージのサービスが残っております。

 右手からしますので、腕を捲ってテーブルに乗せてください。」


 怒涛の会話の中で忘れていたが、今日のお客にはハンドマッサージまでは施術の許可がおりている。

 1人30分の時間しかないので、もう残りは5分ほどしかないが精一杯マッサージしよう。


「改まって、なんかドキドキするなあ…。

 えっ?なあに…こぉぉっれえぇっ、聞…い…ぃて…えなあぁぁ…っ!いい…っんんん…だあけ……えっ!どぉ…おお!、ちょ……ぉおっとおおええええぇえ…っ!えええ…ぇへええ!」


 そのまま椅子に突っ伏して痙攣している、あれ?加減を間違えてしまったかな?

 奥で待機していたツバキたちも何事かと集合したが、手を触っている様子を見て納得したように事後処理を進めていく。

 あれ、もうこの状況にはツッコミ無しなんですか。


 ひとまずサリアはモモが担いで旅館に連れて行くことに、アドリアネは誤算だったのか次の村人のお客からはマッサージ禁止となった。

 どうやら効き目が強くなりすぎているかもしれないと、俺のマッサージは危険薬物扱いされはじめたな。

 ツバキたちは、そんな俺の手を見て生唾を飲んでいるが、君たちはもう以前に醜態を晒しているからね?

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