第32話

sideモモ


 捕まっちまうとは、ウチとしたことが情けない。

 館の地下にある牢に捕らえられてしまった。


 ローズ様が生きていた頃、ウチもこの館に住んでいたからわかる、この牢は内側から破るのが困難なことを。

 それはローズ様が施していた特別性の結界のためだ。

 ただローズ様亡き後の牢も、壊せる気配がしないのは何故だ。

 現在この牢の結界を管理しているのはツバキのアネさんのはず、弱っていたという噂すら最初から嘘だったのか?

 村全体を覆っている隠蔽の結界は、先日に確認したら確かに綻んでいたはずだ。

 それが、村から離脱しようとしたら、今度は脱出することすら困難になっていた。


 この秘密には、絶対にあの娼夫風の男が関係しているはずだ。

 何度目かの脱出に失敗したあとに、男を探しに踵を返して館に乗り込んだら、そこには天使が鬼の目付きで立っていたらしい。


 名乗り口上を言い切った途端に、地面に叩きつけられた。

 文字通りの叩き落とされた、だ。

 身体の自由を奪い、自由落下ではなく上から降ってくる力によって。

 上からじゃ視認できなかったが、あの顔が見えていたら再び踵を返していただろう。

 あの顔を見たのは何世紀も前のはずなのに、恐怖と共に刻みつけられて忘れようがない。

 あのローズ様の結界を素手で抉り取れる生物は、ウチはアイツ以外知らない。



side A


 店に残っていた試作品の料理を、何となく捕らえられているモモと呼ばれる竜に持ってきた。

 この村の特産を活かした、村以外のお客さんが来た時用の献立だ。

 この村の住人には慣れ親しんだ味だろうから、ようはサンプルとして意見を聞いてみようという取り組みだ。

 この賄賂で、もしかしたら謀反から寝返ってくれないかなという打算はあるけども。


 日に何度も館に訪れているから、流石に顔を覚えてくれているだろう。

 村に男は俺だけだから、嫌でも覚えてくれているだろうけど。


 門番の人にも挨拶して手土産としてオニギリを渡す、この村には米食の文化があるが海苔は見なかったので実験だ。

 けど、この村の人は俺が作った物なら何でも喜んでくれるらしい。

 ちゃんと後で感想を聞きますから、と伝えて顔パスで入門した。


 地下にある牢と言っても、そこまで劣悪な環境ではない。

 座敷牢に似た部屋の作りだ、格子で塞がれているだけに見えるが結界も張ってある。

 監視が付いてないということは、たぶん強い結界であろう。


「どうも、先日ぶりですね。」


 俺が来た途端に格子に顔をベッタリつけるのはどうなんだ?

 接するイベントがエロ関係すぎて、パブロフの犬状態なのか?

 遊んでほしくて堪らない犬みたいに、竜の尻尾を振っている。

 知らなかったんだけど、竜って感情が尻尾に出まくる。

 ツバキも最近は慣れてきたのか、尻尾を振り回す勢いが激しい。


「最近、この村で仕事を始めたんだ。

 これ残り物で悪いけど、良かったら食べてみてよ。」


 猛犬注意と張り出されそうな圧だけど、優しく語りかけると、料理と俺の顔を交互に見比べ不思議そうな表情をしている。

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