第16話

 

 突然に、館内部は騒然となった。

 侵入者が現れたとのことで、廊下からは複数の足音と怒号が漏れ聞こえる。

 主人のツバキはどこ吹く風といった表情で、俺の身体を弄るのに集中していた。

 むしろ先ほどよりも粘着質に、次のターゲットは胸と決めたのか執拗に乳首を探している。

 手つきは完全に、熟練の助平のそれだ。


 数分間バタバタとした音の後、


「姫様、お逃げくだされ!悪魔が来ます!」


 と従者が部屋に乱入してくるまで、終ぞツバキのお触りは止むことはなかった。

 従者は、こんな状況で何やってんだって顔をしていた。

 それもそうか、側からみれば診察に見えるわけないもの。


 それにしても、夜更けにカチコミかけてくるなんて物騒な世界だ。

 それに悪魔か、そりゃ天使もいる世界観だしいても不思議ではない。


「悪魔とな!?」


 ツバキの驚きようは目を見張るほどだった。

 顎に手を当て思いやなむ姿は、先ほどまでの淫靡な印象は払拭されて真剣そのもの。

 頭に手をやり、何故悪魔に目をつけられ攻め込まれたのか思案する。


 すると、駆け込んできた従者の動きが止まる。

 見覚えのある、というか朝に見た光景だった。

 次の瞬間、広間の扉が動く。

 鍵が掛けられていたようだが、凄まじい引く力によって扉はくの字に曲がっていく。

 まさに力任せに引き剥がされた扉が、通路に投げ捨てられ、ツバキの顔色は真っ青だ。


 そこから顔を出したのは、どう見てもアドリアネだった。

 けどその額には似合わない青筋が浮いており、怒っていることが見てとれる。

 逆に満面の笑みなのが怖くて、目だけは全然笑っていない。

 部屋に独りで残していったのを怒っているのかな?と、そんな呑気な台詞は言えそうになかった。



side ツバキ


 げぇっ!あやつ見たことある!


 昔の天魔大戦のときに、母様と素手で殴り合って勝ったやつだ。

 当時、竜族最強を謳われた母様と。

 つまりは、アタシがどう足掻いても勝てない化け物。

 たしか、粛正天使とか呼ばれておった気がする。


 えぇぇ、男を1人攫って来ただけで、とんでもない災厄を引きこんでしまった。

 確かにこの男にはそれだけの価値はあるが、どう考えても持て余すレベルの勢力だし。

 戦ったところで、全盛期の母様に殴り勝つやつ抑えれる気がしない。


 もしや、この男は唯一神への貢物として用意されていたのか?

 海上で見つけた時には、翼人を護衛にした男として報告されていたが。

 生きた天使なんて最近のものには、もはや御伽噺の中の登場人物でしかないのか、勘違いを責めるわけにもいかん。


 それにしても、アタシさっき貢物に手をつけてしまった、というか手を突っ込んでしまったのじゃが。

 もしかして、今相当に不味い状況に置かれておるのかの?


 天使の目線が男を捉えて、次にアタシを見つける。

 瞬間アタシの身体は空間に固定された。

 なんて力だ、これは魔法などではない。

 神に使用を許され、神聖魔術と呼ばれる古の能力。

 詠唱など必要とせず、おそらく名前もない低級の術でも、力の弱まった今のアタシには振り解くことすら叶わぬ。

 そしてゆっくりと歩みを進めてくる、まさにバチが当たったというのか、確かに若い男を弄ぶようなことはしたが。


 こ、怖い。

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